窒息しそうな世界は今、風穴を求めている

大袈裟太郎のアメリカ現地レポート①ミネアポリス

大袈裟太郎
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5月25日朝、ミネアポリスで起こった警官によるジョージ・フロイド氏殺害事件。警官の膝が首に食い込み、彼が徐々に息絶えていく動画はSNSで爆発的に拡散され、事態は暴動へと発展。事件を起こした警官たちの所属する警察署には火が放たれた。

黒人たちへの警官からの度重なる暴力、そして数世代に渡る差別の構造。その鬱積は#blacklivesmatterとなって炎上しアメリカ全土、そして今、全世界へと広がるプロテストとなった。

事件10日後、急遽ミネアポリス入りした現代記録作家の大袈裟太郎が、現在のアメリカの内状を記録していく。

ジョージ・フロイド氏殺害現場で祈りを捧げる人々

 

 「I can’t breathe 息ができない」

 東京の人々がぼんやりと空を見上げ、ブルーインパルスに手を振っている頃、沖縄の人々は「戦闘機見て元気が出るなら、沖縄の医療従事者は毎日毎日、元気が溢れるはずだね」とつぶやいた。その頃、香港では国安法反対の大規模なプロテストが再開し、ミネアポリスでは警察署が燃えていた。それぞれの土地で起こっていることと人々のリアクション。同じ時代とは思えないぐらいにカオスが広がっていた。

 ミネアポリスのプロテストを報じる中で日本のメディアの多くが「暴徒」そして「暴動」という言葉を使った。その瞬間、言葉の呪いがかけられ、このプロテストの本質的な意味合いはねじ曲げられて伝わっていく。これは昨年の香港取材でも、そして筆者が住んでいる沖縄でも感じていることだ(沖縄の運動は完全に非暴力だが)。

 抗議者が「暴徒」とレッテル貼りされた瞬間に、多くの日本人は「中立」を装い思考停止する。違法行為はダメという原則論に終始し、本質へ至る思考を遮断してしまう。特に日本人に顕著なのだが、暴力が相対的な価値観であることを理解できていない人間は多い(これは美についてもだが、それはまた別の話)。

 まず「中立」というのは対立する両者の中間に立つということではない。個人と国家という、非対称なパワーバランスのものが対立する時、その中間地点がどこになるのか、問い直す必要性を感じる。まして人種差別に対し「中立」などあるのだろうか?「中立」という言葉を責任転嫁の隠れ蓑にする時代はもう終わりにしたい。

「暴力」の相対性についてもそうだ。強盗と対峙して闘うことが正当防衛であることは理解されやすいが、「人権を奪う者」に対峙して闘うことはなぜか理解されていない。絶対的な権力による歴史的な暴力や人権侵害に対してのたった一晩の「暴動」だけで「どっちもどっち」論を展開する風潮がいかに危ういことか。「足を踏まれ続けた人間たちが、足をどけろ」と叫びを上げたことには眼を向けずに、「起こっていることよりも、怒っていること」を問題としてしまうのが悲しいかな今の日本である。

 

「光州で暴れているのはアカと暴徒だけだろう」

 これは光州事件を描いた映画『タクシー運転手』の劇中、ある市民がテレビを見ながら言うセリフだ。この言葉をきっかけにソン・ガンホ演じるタクシードライバーは悔しさに震え、再び光州へ舞い戻っていく。そこにいるのは「暴徒」でも「アカ」でもなく、自分と変わらない市井の人々だと、すでに彼は知っていたからだ。

 これは筆者が沖縄に住んだ気持ちとも重なる。

「高江や辺野古で反対運動をしている人間は特定の団体や思想の持ち主だ。日当が出ている」

 筆者自身も4年前までこんな話を半分、鵜呑みにしていた。中国のスパイなどという言説もいまだに飛び交っている。しかし、現場を訪れ、見え方が劇的に変わった。まるでエイリアンかのようにレッテル貼りされた抗議者たち。彼ら彼女らは、その実、僕らと変わらない、市井の個人たちだった。それぞれが別々の動機や背景を持ち、そこに集っている。

 昨年の香港でも同じことを痛感した。十把一絡げにはできない個人たちを、特定の団体のように印象付ける。為政者がレッテルを貼り、マスメディアがそれに加担する。社会の不公正に声を上げる人々、この国の在り方に声を上げる人々はいつも印象操作の対象にされ、異物として社会から分断されて声を失っていく。「I can’t breathe」息ができなくされてきたのだ。

 

 そして今回、トランプ大統領までがTweetによってそれに露骨に加担した。いや、いつもの手法で、自分を批判するものに対してレッテル貼りをしたのだ。「ANTIFAをテロ組織に指定する」。ANTIFAというのはAnti-fascistの略称で、反全体主義。概念であって特定の組織を指すものではない。

 われわれは民主主義の国に暮らすわけから、反全体主義など歯を磨くくらいの当然な感覚だと思うが、今回、トランプはその概念を持つ人々をひとつの組織であるかのように喧伝した。フェイクニュースによって論点をすり替え、わかりやすい標的を定め「犬笛」を吹いたのだ(犬笛というのはネットスラング。特定の人々にのみわかる方法で攻撃の合図を出すこと。主に差別主義者が多用する。今回の場合、露骨すぎるが……)。

 そもそもこの発言自体、合衆国憲法修正第1条に違反する懸念が指摘されている。仮にANTIFAを「組織」と定義するとしても、国内の組織をテロ組織に認定することは現行の米国内法上不可能なのだ。

 しかしなぜか、日本のネトウヨたちが嬉々としてこのフェイクに乗った。ANTIFAと書かれたTシャツを着た者と写真を撮った国会議員は攻撃の対象とされた。滑稽なことだ。この一連の流れについて「ナベツネがアンチ巨人をテロ組織と認定するようなものだ」というツイートがネット上をにぎわせた。

 分析的な話をすると、むしろ今回の「暴動」初期を混乱させていたのはブラックブロックスだと考えられる。彼らはアナキストの漠然としたまとまりで、世界各国の抗議活動に現れフリーライドし、破壊を繰り返す厄介者たちだ。いくつかの映像がそれを物語っている。

 黒人プロテスターに捕まって警察に突き出されるブラックブロックスとおぼしき白人の映像もある。しかしそんなブラックブロックスとて、組織と呼ぶには心許ない曖昧な存在だ(デモを扇動し、あえて混沌を作り出すインスティゲイターの存在については次回触れる)。

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プロフィール

大袈裟太郎

大袈裟太郎●本名 猪股東吾 リアルタイムドキュメンタリスト/現代記録作家。ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 
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