窒息しそうな世界は今、風穴を求めている

大袈裟太郎のアメリカ現地レポート①ミネアポリス

大袈裟太郎

    SNS時代の新しい戦いが始まっている

 奴隷として連れてこられ搾取されてきた歴史。この難題を理解するには、そこに立ち返らなければならない。

 黒人たちを奴隷として働かせ搾取し、そうして築かれた富による白人優位の圧倒的なパワーバランス。このあらかじめ出来上がった支配構造のなかへ「今日から自由だ」と「解放」され無責任に放り出されたのだ。ある日突然、この絶望的に不公平なゲームに参加させられたのだ。

 法的な権利の上で平等だとしても、今に至るこの構造をわれわれは「自由」や「平等」と呼んでいいのだろうか? まして自己責任論で片付けていいはずはない。彼らが叫ぶ「NO Justice NO Peace」を「正義がなければ、平和はない」と翻訳するのは誤りと言っていいだろう。彼らは「公正でなければ、平和はない」と叫んでいるのだ。

 それは沖縄の人々が置かれている構造とも重なって見える。沖縄が本土復帰を果たした1972年、日本はすでに戦後復興のある種のブルーオーシャンの時代を終え、高度成長の末期、経済的な基盤はすでに整った後だった。そこに復帰した沖縄は、おのずと経済的なヒエラルキーの末端に置かれるしかなかった。沖縄の多くの企業は高度成長期を味わっていないのだ。あらかじめレッドオーシャンの状態から、さらに基地という危険因子まで背負わされてスタートしたのだ。この認識が多くの日本人にとって欠けている気がしてならない。

 今回、黒人たちが警察からの暴力へ声を上げたのも、沖縄の人々がこれ以上基地を作らせまいと声を上げるのも、原点までさかのぼれば400年前に至る。しかしそれは偶然ではない。

 大航海時代に端を発した植民地主義。それこそが人種差別の始まりである。植民地主義を肯定するために、侵略者は人種差別という非科学的な迷信を都合よく悪用してきたのだ。昨年訪れた韓国、ソウルの植民地歴史博物館でも明白だった。それは大日本帝国によるものだ。植民地主義者は、侵略する対象の民族や国家を劣った人々、野蛮な人々かのように印象付け、侵略の根拠とし、果ては奴隷化や搾取、略奪、虐殺までも正当化する。対象の命を「軽い」と定義することで兵士たちも罪悪感を持たない。歴史上、植民地主義と人種差別は共依存関係なのだ。

 遠い昔のことだと、笑う人もいるかもしれない。しかし、400年間幾重にもこうした呪いがかけられたまま、今につながるのだ。もう2020年じゃないか。大日本帝国ももう滅びたはずだ。400年前の人々がかけた呪いを僕らは解かなければならない。この呪いにかかっているのは、差別される当事者ではない。差別構造を放置し、そこから益を得る(われわれ)加害側なのだ。

 さらに人種差別に対し沈黙、もしくは加担するということは、自身の属性への差別も認めることになる。差別を容認する以上、論理的に考えれば、その矛先が自分に向いたとしても容認せざるを得ない。人種差別は結局、すべての人の首を締めつけるのだ。

 かつて経済大国だった頃、日本は「名誉白人」というひどく不名誉な立ち位置を得てロンダリングしたつもりになっていたが、それ以前、75年前の広島、長崎への原爆投下がなぜドイツやイタリアではなく日本だったのか? 有色人種であるわれわれは今一度、その背景を見つめなければならない。

 彼らの踊りや歌が明るければ明るいほど、それが悲しみの歴史の裏返しのように感じ、おれは震えるような気分だった。口角をあげ、空を見上げて息を吸い込んだ。アメリカの空は日本とも沖縄とも香港とも違う、薄く曖昧な色をしていた。

 

 女性たちに「フリードリンク!」と声をかけられた。取材対象の物資を消費することは取材者としては失格なのだけれど、長旅と暑さで喉がからからに渇いていた。クーラーボックスを見る。

「ウォーター or ゲータレード?」と聞かれ、思わず「ウォーターゲート?」と答えると、皆、大袈裟に手を叩いて笑った。無自覚にアメリカンジョークってやつを放ってしまったのだ(笑)

「どこからきたの?」と聞かれ「日本からだよ」と言うと、また湧いた。僕の3倍は体重がありそうな黒人のおばあ様が涙を浮かべて寄ってきて「あなたに感謝のハグをしたい!だけど今はCOVID-19があるから握手してもいい?」と聞かれた。「もちろんだよ」と握手を交わした。硬くざらざらして、しかし温かくやさしい手だった。彼女がどんな人生を送ってきたのかをなんとなく想起した。この手の温もり。おれにはそれを世の中に伝える義務があると感じた。

殺害現場付近で音楽をかけ踊る人々

 

https://twitter.com/oogesatarou/status/1268323198497460224?s=20
地元のスター、 プリンスの曲が流れる中、
多くの人がジョージ・フロイドさんの肖像画に花をたむける。

 

 誰かがプリンスの「パープルレイン」を爆音で流した。言わずもがな、地元ミネアポリスが生んだ大スターだ。背すじが伸びるように人々の意志が、すっと、毅然としていく。アンセムが人々をつなげ、プロテストをエンパワーメントしていく。昨年、香港でビヨンドの「海闊天空」が流れた瞬間を想った。

 

https://twitter.com/oogesatarou/status/1159155564896632832?s=20
香港でも路上で多くの人々が「海闊天空」を合唱。
場所は違えど、人の共通した思いが感じられる。

 

 そして、個人的にはこのふたつの曲をかけて、浅草ロック座を引退した仙葉由季さんという踊り子さんを思い出した。2012年あの時、僕は浅草ロック座で照明を当てながら泣いていた。21年間踊った、あの人の最後のステージだった。僕の人生にとっても重要なこの2曲が、その後、香港でもミネアポリスでもアンセムとして流れてくることに天運を感じ、しばし音楽に身をゆだね、また大きく呼吸をした。

 事件現場を後にする。まだチェックイン前なのでスーツケースを引きずって疲れ果てていた。一か八か適当なバスに乗り込む。バスが都市部へ向かう、暴動の爪痕と街中を巡回する米軍車両が目に付く。

ミネアポリス 市街地を巡回する米軍車両

 

 しかしそれは僕の住む沖縄北部では見慣れた、見飽きた車両だった。丸2日かけて飛んできたこの街で、また彼らと対峙するのか……懐かしささえ感じる自分が悲しかった。

 沖縄、台湾、香港、韓国、アメリカ、日本と、この1年で駆け巡ってきた感覚として、共通するのはSNSを通してプロテストが広がったということ。これはここ数年「あらゆる独裁国家でSNSが禁止されているのは、独裁者を倒すポテンシャルをSNSが秘めているためで、それを政治運動に活かさない手はない」と言い続けてきた僕にとっては時代に追いつかれた、ようやく時代がスタートラインに立ったという感覚だった。

 もはやSNS無しのプロテストなど考えられない時代だ。

 さらに、あまり指摘されない共通点がある。それは明確なリーダーが不在だということ。日本の検察庁法案を廃案に追い込んだオンラインデモも明確なリーダーが不在だった。そして今のアメリカもそうだ。SNSから生まれるリーダー不在という新時代型プロテストの可能性について。引き続き最前線から見つめていく。窒息しそうなこの世界は今、風穴を求めているのだ。

 

取材・文・写真/大袈裟太郎=猪股東吾

(次回につづく)

 

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プロフィール

大袈裟太郎

大袈裟太郎●本名 猪股東吾 リアルタイムドキュメンタリスト/現代記録作家。ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 
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