「自治」を求める闘いがアメリカでも始まっている

大袈裟太郎のアメリカ現地レポート②ミネアポリス

大袈裟太郎
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5月25日、ミネアポリスで起こった警官によるジョージ・フロイド氏殺害事件。彼が徐々に息絶えていく動画はSNSで爆発的に拡散され、事態は暴動へと発展。事件を起こした警官たちの所属する警察署には火が放たれた。黒人たちへの警官からの度重なる暴力、そして数世代に渡る差別の構造。その鬱積は#blacklivesmatterとなって炎上しアメリカ全土、そして今、全世界へと広がるプロテストとなった。

事件後、ミネアポリス入りした現代記録作家の大袈裟太郎がその内状を記録していくレポート第2弾。

事件現場となったのスーパー前は花束とジョージ・フロイド氏の写真が置かれている

 

 前回の記事が世に出たその日。筆者大袈裟太郎は取材先のシアトル、CHOP自治区内で顔面を殴打された。これはSNSで波紋を広げ、RT・ロシアトゥデイにまで取り上げられた。いわゆる炎上だ。そしてバッシングと印象操作の嵐が日本のみならず米国からも吹き荒れた。「このプロテストは暴力を肯定している」「そんな場所に行くやつがばかだ、射殺されろ」などなど、BLM(Black Lives Matters)のムーブメントを潰したい人間たちのプロパガンダに利用される形となった。

 しかし、殴打事件に直面してなお、前回の文章の論旨は色あせない。むしろ、その後の現場の人々の対応によって、このプロテストが「暴力を肯定するものではない」ことが実感できた。そういう意味では意義のある痛みだったのかもしれない。

 そしてやはり暴力的なのは、このプロテストを標的にする人々であったということも重要だ。CHOP自治区への銃撃は連日に渡り、死者も出た。私が殴られた日の深夜にも銃撃は起こった。私も銃声を聞くことになった。それは人間が射殺される音だった。私は自治区内外問わず、常に遮蔽物や退路を確認しながらの取材を余儀なくされた。味わった事のない緊張感のなか、彼らとの親交を深めていたが、7月1日、CHOPは警察によって排除され終焉を迎えた。

 この事件の顛末と自治区の最後についてはまた追って報告しよう。

 話はひと月前のミネアポリスに戻る。

 ホテルがあるのは市内の中心部、オフィス街のビル群だった。どのビルも1階部分の窓はベニア板で封鎖されている。先日の「暴動」を受けてのものだ。そこにスプレーを使い、#BLMに関するメッセージが殴り書きされていて、デジャブのように香港の景色を思い出した。

 coivd19の影響下、ホテルは厳戒態勢。入館の際、マスクの着用と手の消毒が厳しくチェックされた。荷をほどき、一服してから街を歩く。coivd19と「暴動」の二重苦でほとんどの店が営業していない。たまに開いているレストランを見ても値段の高さにおののく。朝、ダラスでのトランジットの際に寄ったマクドナルドでも、朝マックが8ドル以上していて、この物価では滞在費用はすぐに底をつくなとげんなりしながらマフインを噛みしめた。

 しかし、アメリカの物価が高いのではなかった。残念ながら日本で20年以上続くデフレと、それに伴う実質賃金の低下が原因だ。OECDに加盟するいわゆる先進国の中で20年間賃金が上っていない国は日本だけだとするデータがある。確かに15年前にNYを訪れた頃は、そこまで日本との格差は感じなかったのだが、今やその差は歴然だった。

 これは米国だけではなく、昨年の香港、韓国でも感じたことだ。普段、一食千円でも贅沢だと思っている沖縄北部暮らしの私にとって、一食平均2千円は死活問題だった。唯一、日本と同等の物価だと感じたのは台湾だけだった。

 

 静まりかえったオフィス街に、シュプレヒコールが聞こえた。自転車チームが先に走り、その後ろを声を上げながらマーチが歩いてゆく。

多様な人種が入り混じるプロテスト

 群衆を追いかけると新聞社のビル着いた。そこには1000人規模の人々が集っていた。踊り出すようなコールに体を揺らし、歌うようなスピーチが響く。すべての言葉を正確に聞き取れる英語力がないことが悔やまれた。それでも、断片的に聞こえる、詩的でユーモアに富む言葉から伝わってくる長きにわたる怒り。その熱が共感に変わっていく。叫ぼう。私たちは叫んで良いのだ。今は自分の力を信じ叫ぶ時だ。その声と同時に皆が拳を掲げる。群衆が心から躍動してる。本寸法の民主主義というものを見た気がした。「すげえ」と思わず感嘆するばかりだった。その場にいると心の底から感情が湧き立ち全身の毛が逆立つようだった。

 彼女たちは新聞社のビルの前で、その社の新聞をビリビリに破るというプロテストを始めた。なぜ「彼女たち」という主語を使ったかというと、中心的なプロテスターが女性であると感じたからだ。最も多いのは白人の若い女性たちだった。それはミネソタ州の人種比率を考えると当たり前かもしれない。

破り捨てられた新聞

プロテスターには白人女性が多かった

 2010年の調査では、ミネソタ州の白人比率は85%、黒人はたった5%だった。これは全米平均の11%の半分以下の数値だ。しかし、マイクを握るのは皆、黒人だったし、主に黒人女性だった。あくまでイニシアチブは差別構造の被害者である黒人が握り、構造的加害者である白人たちはそれを後押しする、ブーストする動きをしていた。

 沖縄でも度々問題になる、ポジショナリティ(立場性)をわきまえたプロテストの姿がここには在った。もちろんすべての人間が当事者である。しかし、人種差別は優位性を維持しようとする属性にこそ問題の本質があるという意識が徹底して共有されている。そして、その中心にはいつも女性たちの姿があった。それはその後に訪れるワシントンD.C.やシアトルと比べても洗練されたものだった。

「My Skin Color is Not a Weapon!」私の肌の色は武器ではない。というメッセージを掲げる女性がいた。ガーナ出身の父と日本人の母を持つ日本のラッパー、なみちえ氏の「私が弱くいられない社会が弱い」という言葉を思い出した。社会問題を自己責任として個人的に乗り越えることを社会の側が強要することのおかしさ。脆弱なのは個人ではなく、この社会なのではないか? あらためて問を立て直す必要性を感じた。

私の肌は武器ではない!というメッセージを掲げた女性

 今、この時代に対し人々が求めているものは、世界中で同じかもしれない。これもSNSの発達によって共有され、つながっていく。

https://twitter.com/oogesatarou/status/1268520977249361924?s=20

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プロフィール

大袈裟太郎

大袈裟太郎●本名 猪股東吾 リアルタイムドキュメンタリスト/現代記録作家。ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 
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