「自治」を求める闘いがアメリカでも始まっている

大袈裟太郎のアメリカ現地レポート②ミネアポリス
大袈裟太郎

 警察と軍が封鎖した路上で、それらと対峙するように抗議の声が上がる。軍人たちの手には自動小銃がある。しかし、それを怖れているものはここには誰もいないように見えた。

自動小銃を携えた米軍人と対峙する

 集会付近をタバコを吸いながら自転車でぐるぐるしている元気な女性がいた。この自由さが心地よい。日本のデモだったら怒られるだろうなと思いながら、彼女に話を聞いた。「デモンストレーション」という単語が通じなかった。「ああ、プロテストね」と彼女はうなずいた。

「コロナで仕事をクビになった。美容室にいくお金もない!まじでムカつく!」と彼女はエモーショナルに言った。散々怒りをあらわにした後、「インスタやってる?」と彼女が親しげに尋ねてきた。彼女とインスタを交換して、それによってプロテストの情報が手に入りやすくなった。もう世界の抗議の現場ではインスタが主流になっているんだなとあらためて実感した。

 

 ある路上、中央分離帯の「落書き」に眼が止まる。AMERICAのCをKKKにして「AMERIKKKA」。今この国はKKKのようだと揶揄しているのだ。今年の1月に香港で見た「Chinazi」という落書きと重なる重要な符合だと直感した。

ミネアポリス にあった「AMERIKKKA」という殴り書き。香港の「Chinazi」を思い出す

香港で見た「Chinazi」の落書き。香港からすれば中国はナチと同じということだ

 昨年、香港の民主派デモに参加するある中国人留学生に話を聞いた。なぜ彼は大陸出身でありながら香港民主派に加担するのだろうか? その答えは興味深いものだった。

「香港に留学して3ヶ月で、今まで受けた教育の間違いに気づいたんです。中国では批判的思考、いわゆるクリティカルシンキングというものが教育に全く無く、いつも答えを与えられるだけだった。しかし、香港に留学して3ヶ月で自分の思考の歪みに気づきました。そしてそれ自体が今の中国の独裁体制を維持している根幹であり、最も危険なシステムなのです。自分の考えを構築する方法をあらかじめ失っている状態。それに気づいた時から自分は学びを深め、今は親中派をやめました」

 この話を聞いて、私は今の日本を思わざるを得なかった。人間の権利や可能性、人権感覚を奪う教育がなされているという点で、現在の日本は中国と同じ方向へ歩んでいるのではないか。

 彼はこんなことも言っていた。

「中国はもうとっくに共産主義じゃないですよ。あんな貧富の差がひどい国が共産主義なわけがない。日本にはまだ中国が共産主義だと思っている人がいるのですか?」

 薄々は気づいていたがここまで明確に言われると私は二の句が告げられなかった。しかし、その観点で見ると今の世界に対する理解はスムーズなものになった。

 現在の中国とはなんなのか? その後、香港で取材を進めるうちに、私はひとつの像にたどり着いた。人権という概念を経ないままに新自由主義、市場経済の論理を導入することで経済発展を成し遂げた国。人権という概念がなければ労働条件も、雇用制度もすべて雇用主の思うがままだ。そうやって労働力の搾取を重ね、成長を遂げた国なのだとすると、今の中国の有り様は、一党独裁型新自由主義国家だと解釈することができるのではないか?

 彼の言葉を踏まえると、この「AMERIKKKA」と「Chinazi」の符号は偶然ではないと感じられた。場所は違えど、やはり今直面しているのは、個人の権利を国家権力がおびやかす構造なのだった。「民主主義」を「新自由主義」が侵す構造とも言える。

 右か左か、中国か米国か、などという東西対立、資本主義と共産主義の対立構造の価値観はすでに30年前に滅びているのだ。しかし、日本にはまだまだその価値観をアップデートできていない人々が多く、間違った対立軸に当てはめて思考することで、結局は権力の側を利することになっているのをよく見かける。これもまたひとつ、僕らの世代がアップデートすべき「呪い」であると考えている。

 

 プロテスト集会が終わり、人々が声を上げながら街を歩く。自転車のマーチが天安門事件を想わせる。想えば、この日はちょうど天安門事件から31年目だった(時差で米国では前日)。子ども心にぼんやり覚えているあの6月4日から31年、今のアメリカがまさかこんな状態になるなんて、誰が予期しただろうか? 現実はいつもすべての評論や予測を大きく裏切りながら進んでゆく。

 

 多様なコールが叫ばれていたが、印象に残ったのは、「Show me what democracy looks like! This is What Democracy Looks Like! 」(民主主義とは何か見せてくれ!これが民主主義だよ!)という定番のコールが、

「Show me what community looks like! This is What community Looks Like! 」(共同体とは何か見せてくれ!これが共同体だよ!)と微妙に変化を加えて叫ばれていたことだ。このコールを聞いたのは後にも先にもミネアポリスでだけだった。その時はわからなかったが、あとで訪れる2つの都市と比較するとこの意味が理解できた。

 ミネアポリスは、ジョージ・フロイド氏の死によってコミュニティが立ち上がった運動体という側面が強く、それがこのプロテストの洗練や潔白さにつながっているようだった。ひとつの死の前に人々が震え、その振動が世界に伝播していく。その震源地。ある種プロテストの聖地のような純度を感じた。

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プロフィール

大袈裟太郎
大袈裟太郎●本名 猪股東吾 ジャーナリスト、ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。
やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 
2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、2020年は米国からBLMプロテストと大統領選挙の取材を敢行した。「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 

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