集英社新書の新刊『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』は、時代を代表するクリエイター佐藤可士和さんと慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の学生たちが展開しているエキサイティングな実験講義のルポルタージュです。テーマは「未踏領域のデザイン戦略」。講義開始は2012年、あの東日本大震災が起きた翌年で、まだ震災の落とした影が色濃く残っている時期でした。その年に佐藤さんが学生たちに最初に投げたテーマは「防災」。それまでデザインとは縁のなかった領域に、どうデザインが関わるのか──。
この未踏領域の課題に学生たちがディスカッションを重ね、自分たちの「視点」を見つけようと奮闘する中、どこでつまずき、どこにヒントを得たか。本書ではその様子が詳細に報告されています。年を追うごとにテーマも「健康」「平和」「幸福」と抽象度が高くなり、ハードルも上がっていきます。毎年6月から7月にかけての集中講義ですが、大変な人気で受講希望者が殺到し、履修選抜試験も行われているほど。
開始から8年目を迎え、佐藤さんに学生たちとの交流や講義の意義、そして「未踏領域」に挑戦し続ける志についてお聞きしました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=HAL KUZUYA
倍率4倍以上の超人気講義に
── 講義が始まったのは震災の翌年ということで、まだ学生たちもその衝撃や不安をかなり引きずっていた時期ですね。
そうですね。でもそのタイミングが大事だったと思うんです。震災が起きた直後って、僕もいろいろお手伝いがしたいと思っていました。もちろん、僕自身が現地に行ってボランティアをやるという選択もありますが、デザインとか、クリエイティブな力を使った支援とか、自分の仕事を活かせるようなことができないのかなとも考えた。けれど、まず水が足りない、毛布が足りないという状況では、そんな段階じゃないじゃないですか。
その意味で自分の持っている力を社会に役立てられないもどかしさをすごく感じていた時期でもあったんです。それをずっと考えていたタイミングで、村井純教授から慶應SFCでの特別招聘教授の依頼があった。村井先生とお会いして「未踏領域のデザイン」という授業のコンセプトが出たときに、まさに僕が考えていたこととばちっと重なったんですね。
村井先生はインターネット畑の方ですが、デザインの可能性についてずっと注目してきて、早くからそういうテーマで授業をやってきた、草分け的な方です。そうしたいろいろなタイミングがばちっと合って、この「未踏領域のデザイン戦略」という、一つのコンセプトができ上がったわけです。
── なるほど。そしてまず実際の授業をどうデザインするか、そこからスタートしたんですね。
ええ。今まで母校の多摩美術大学でも教えていましたが、それはこれまで僕がやってきたプロジェクトや仕事を紹介したり、学生たちが仕上げた課題を講評するような形でしたので、授業をゼロから作るのは今回が初めて。本当に僕にとっても未踏領域への挑戦でしたし、クリエイティブを教えるって、どうしたらいいんだろうとすごく真剣に考えました。美大生に教えるなら、スポーツ選手がスポーツ選手に教えるように共通言語があるので楽なんですが、それぞれ異なる分野で学ぶ学生に広義のデザイン思考やイノベーションを起こす創造性みたいなものをどう教えたらいいのか。考えるきっかけをどう与えるのか。そんなどこにもない授業を立ち上げたわけですから、これは一つの実験であり、この活動そのものがある意味作品でもあると僕は思っているんです。
── 講義のスケジュールが発表されるやいなや希望者が殺到したそうですね。
ここ数年、授業はグループワークにして6人×4チームで限度枠が24人なんですが、そこに100人以上の履修希望者が押し寄せまして。そのために毎年履修選抜試験をやっているんです。この試験でだいたい学生たちのスキルがわかります。提出物を見れば、ああ、この子はアイデアがけっこう出せるな、表現能力があるな、具体的なデザインツールが使えるなという能力の方向性も見えます。その結果から判断して、各チームにバランスよく人員を配置するわけです。大学の講義で、履修選抜があって、倍率が4倍以上だなんてなかなかないですよね。しかも村井先生と准教授もおふたり入って、教授4人体制というぜいたくさも他にはないと思います。
また、こちらも答えを持たずにやっているものですから、毎回、はらはらどきどきで、一回授業が終わるとへとへとになります。でもすごく面白いし、やりがいがある。
プロフィール
さとう・かしわ クリエイティブディレクター。1965年東京生まれ。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科卒業。博報堂を経て2000年「SAMURAI」設立。ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブン・ジャパン、今治タオルのブランド戦略のクリエイティブディレクション、ふじようちえん、カップヌードルミュージアムのトータルプロデュース、武田グローバル本社、日清食品関西工場の工場見学エリアの空間デザインなど、近年は大規模な建築プロジェクトにも多数従事している。著書に『佐藤可士和の超整理術』『佐藤可士和の打ち合わせ』等多数。慶應義塾大学特別招聘教授。