近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。
同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。
これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。
撮影(前川喜平氏)=宅間國博
第一回 官製ヘイトはいまにはじまった話ではない 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く①
ヘイトスピーチを公然とがなりたてる連中が街に姿を現し、書店にヘイト本や自国礼賛本の類が山積みにされる醜き情景は、いったいいつごろから見られるようになってしまったものなのだろうか。
ざっと振り返ってみると、ひたすら隣国をあげつらって耳目を引く漫画が出版されたのは2005年。在日コリアンに薄汚いヘイトスピーチを浴びせかけて悪名を轟かせる団体が登場したのは2006年から2007年にかけて。いずれも逆宣伝になってしまうのを避けたいから固有名詞は記さないが、このような風潮はもちろん一部の者たちによるもの、一部の出版社や著者、編集者たちによるものに過ぎないと私は考えている。
ただ、この国の一部とはいえ、醜き差別や排他の風潮が一定の広がりをみせているのもまた、否定できない事実ではあるだろう。と同時に、なにも一部の連中だけが暴走しているわけでもない。この国の政や官が憎悪や不寛容の風潮を平然と煽るから、鬱屈や焦燥を募らせた者たちが煽られ、差別や排他を公然と実行に移すようになっている面も否めない。前述した愚劣な漫画や薄汚い団体の登場が、第1次となった現政権の登場と軌を一にしているのは偶然ではあるまい。
しかもここにきて、政や官に直接携わる者たちによる差別や排他の言動がますます公然化してきているように見える。マイノリティや弱者を罵る政治家は数知れず、少し前には現役自衛官が野党議員に「バカ」「国益を損なう」などと暴言を浴びせたことが問題化した。韓国の空港で泥酔し、空港職員に暴行したとして逮捕された厚生労働省の課長は、「韓国は嫌い」などと言い放っていたことが明らかになっている。日本年金機構の世田谷事務所長はツイッターの匿名アカウントに差別的書き込みを繰り返していたという。
政や官が公然と煽り、自らも煽られ、さらなる広がりを見せる差別と排他の風潮。そんなことを憂えていたとき、「官製ヘイト」という造語を耳にする機会があった。ヘイトの風潮を政や官が煽っていることを端的に問題視する造語「官製ヘイト」――最初にこれを発したのは文部科学省で事務次官などを歴任した前川喜平氏だという。
あらためて記すまでもなく前川氏自身、キャリア官僚として教育行政に長く関わり、文部科学省の事務方トップにまでのぼり詰めている。その立場でなぜ「官製ヘイト」をに問題意識を抱くのか。現実に政と官はどのように差別や排他の風潮を煽り、政と官の内部はどのように蝕まれているのか。
前川氏を訪ね、数時間に及ぶロングインタビューで真意を聞くと、話は「官製ヘイト」にとどまらず、歴史修正主義的な政治の横行によって行政の中で何が起きているかに及び、驚くような裏話まで明かしてくれた。
近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。
プロフィール
前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年奈良県生まれ。元文部科学事務次官。2017年に退官。著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、共著に『ハッキリ言わせていただきます!黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(谷口真由美氏との共著/集英社)、『これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著/ちくま新書)、『同調圧力』(望月衣塑子氏、マーティン・ファクラー氏との共著/角川新書)等多数。
青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。