カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第12回

チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国

伊東順子

 「考試院」というのは、韓国の不動産階級社会の最底辺に位置する。本来は司法試験などを受験する学生の勉強部屋のような役割だったが、現在では保証金無しで暮らせる最低ランク住居として利用されている。

 韓国の不動産階級社会は階段をイメージするといいかもしれない。やっとウォルセからチョンセに移動できると喜んでいたト先生は、油断して足を踏み外してしまう。転げ落ちた先は考試院、つまり階段の一番下。

 医師が考試院に住むとは……。

 かつて医者や弁護士は、社会の最上位層といわれていた。ところがいつのまにか韓国社会には、そんな職業や社会的地位とは別の「新たな階級」が登場してきた。それがいわゆる「タンプジャ」。日本語だと「土地成金」という訳語になる。

 その人たちがピラミッドの頂点に立つ「不動産カースト」の序列は、住宅の種類と所有形式の両面から考えられる。

 

  • 住宅の種類  考試院→多世帯→連立住宅・ビラ→アパート(マンション)→プレミアムアパート(タワマン等や低層高級ビラ) 
  • 所有の形式  日払い(考試院)→ウォルセ→半チョンセ→チョンセ→持ち家→多住宅所有者

 

 現在の韓国で、不動産カーストの最上位層を占めるのは、複数の住宅やビルを所有する人々だ。その「大家」たちがチョンセ制度を利用して、さらに不動産を増やしていく。バブルといわれながらも韓国の不動産がずっと右上がりを続けるのには、このチョンセ制度が大きく貢献している。このカラクリについては、後で詳しく述べる。

 

 

  • 「それはどこまでリアルなのか?」(映画『パラサイト 半地下の家族』)

 

半地下の家

 

 韓国の「住居格差」を世界的に有名にしたのは、映画『パラサイト』(2019年、ポン・ジュノ監督)だろう。なかでも日本語タイトルに追加された「半地下」という言葉。そんな家があることに驚いた人も多かったようだ。

 半地下の家は、ある。ソウル生まれの裕福な若者は知らないかもしれないが、地方から出てきた学生などは一度は遭遇したことがあるだろう。私も半地下で暮らしたことがあるし、例の浸水した家は半地下どころか全地下だった。

 ソウルで半地下の家ができやすい理由は、少しでも部屋数を増やして儲けようという大家の欲望もあるが、傾斜が多いという地形も理由の1つだ。市内に山や丘が多く、その斜面に建てられた家は、一部が土に埋まる構造になりやすい。

 私が暮らした地下室もそんな家にあった。山の斜面に建てられたシェアハウスの玄関は道路に面していたが、中にある部屋の半分は半地下か全地下だった。新築の家だったにもかかわらず、半年後には山の斜面からの浸水が始まり、最終的には地下部分が水没した。

 映画『パラサイト』に登場する家は平地にあり、大雨の日に閉め忘れた窓から大量の水が侵入する。そういう家も知っている。窓からは通行人の足だけが見える家。家賃は地上の半分、それにつられて私も住んでしまったことがある。

 つまり韓国で「半地下の家」は珍しくもないのだが、映画『パラサイト』に出てくるタイプの家は過去ならともかく、最近ではとてもめずらしいと思う。モデルとなった街も知っているが、今のソウルであのタイプの半地下の家に、4人家族が仲良く暮らしているという設定は、やはり「映画的」だと思う。

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 第11回
カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』(集英社新書)好評発売中。
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チョンセと再開発――不動産階級社会としての韓国