韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第5回

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』イム・スルレが描く、生きとし生けるもの

伊東順子

韓国版『リトル・フォレスト』

 プロローグは春、主人公のヘウォン(キム・テリ)が森の中を自転車で走っている。彼女のモノローグから映画が始まる。

 ミソン里は米とリンゴで有名な小さな村だ。

 村には店がないので、簡単な買い物でも町まで行かなければならない

 行ってくるだけで40~50分以上かかってしまう。

 ソウルを離れ久しぶり故郷に戻ったのは3ヶ月前、冬だった

 韓国版を見たあとで、先に出た日本版『リトル・フォレスト』(森淳一監督 2014年・2015年)も見たのだが、この導入部分はかなり忠実にリメイクされているのがわかった。日本版でも主人公いち子(橋本愛)が森の中を自転車で走っているのだが、すぐに気づくのは「色の違い」だ。

 日本と韓国では森の色が違う。どちらも私には涙が出るほど懐かしい色合いである。日本の濃い緑と韓国の明るい緑。日本の針葉樹の多い湿度の高い森。韓国の広葉樹の多い乾燥した森。それもあって日本では大雨による土砂崩れが多く、韓国では毎年のように山火事の被害がある。2つの映画を見比べるといろいろ気づくこともあり、日韓比較の誘惑にかられるのだが、そこはおさえてなるべく韓国版にそって話を進めたいと思う。

 真冬の雪を踏みしめながら、故郷の家にたどり着いたヘウォンだが、長らく空き家状態だった家には、食べられるものがほとんどない。米びつにはわずかな米があるだけ。そこで彼女は畑に行く。雪の下には冬の初めに収穫された白菜の切り株が埋もれている。素手で雪の中からそれをかき出し、さらに根っこ部分だけ残されたネギも引っこ抜く。

 まずはありあわせのスープ。日本版には料理が順番に出てきて、作り方も丁寧に説明されるが、韓国版はもう少しさり気ない。作るのも重要だけど、食べるのが重要。主人公のヘウォン役にキム・テリという俳優が選ばれたのは、大正解だったと思う。この人が実に美味しそうに食べるのだ。

 そもそもヘウォンがミソン里に戻ってきたのは、「お腹が空いたから」だった。ソウルで食べるものは空腹を満たしてくれない。コンビニでバイトをしながら教員試験の勉強をしていた彼女は、家に持ち帰ったコンビニ弁当を一口食べて思わず吐き出してしまう。

 空腹だから帰ってきたというのは、嘘ではなかった

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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