表情が見られないことがラクなマスク依存の病理
さて、人と人が親密な関係になってくると言語的なコミュニケーションだけでなく、表情などの非言語的なコミュニケーションが重要となります。
心理学の世界で、コミュニケーション論によく引き合いに出されるものに、アルバート・メラビアンの実験とか、メラビアンの法則と言われるものがあります。
この実験で、感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について、人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であったということがわかったのです。
これは話の内容より表情やしゃべり方のテクニックが大切ということではなく、たとえば顔つきと話の内容が違うとき、一般的には視覚情報、つまり表情のほうを信じるということです。
現実に人間は、本当におかしいと思って笑うときには、まず口が笑い出し、続いて目が笑います。口と目の動きには若干のタイムラグがあるのです。一方、作り笑いでは、口と目が同時に笑いはじめる。意図的に笑顔を作ろうとすると、口と目が同時に動いてしまうのです。こういうことを経験的に知っているので、表情、とくに口の動きは相手の本心を知る大きなヒントになります。
このように人間というのは、相手の表情をみて、相手の感情や相手の本音を探るのでマスクの存在はかなりコミュニケーションの邪魔になるわけです。
欧米では、マスクをはずすことが解禁されるや否やほとんどの人がはずしたのはこれが大きな理由となっています。
さて、コロナ禍が多少収まりつつある現時点で問題になっているのは、マスクをいつはずすかという問題です。
今年の夏は猛暑が予想されているので、マスクをしていると熱中病のリスクが高まるという現実的な問題もありますし、人々がマスクを外さないことには、まだまだコロナ禍の重苦しい雰囲気が残るという心理的な問題も含めて、いつマスクを多くの人がはずすのかは重要な問題と言えます。
実際、松野官房長官を含め、政府の方針として、2メートルの距離があれば屋外ではマスクをはずしてよいという声明が発表されているわけですが、まだまだ屋外でマスクを外している人を見かけることはあまりありません。
そして、マスクをはずすのが恥ずかしいとか、マスクがあったほうが楽という声もインタビューなどでは散見されますし、私も学生などに聞くと同じ声が少なからずあります。
人に表情を読み取られないことになれてしまうと、そのほうが楽になるのかもしれません。
しかし、逆にこのような非言語的コミュニケーションが遮られると人間関係はなかなか深まりません。
つまり、マスクの存在は人間関係を深めたい人、相手のことをもっと知りたい人には非常にフラストレーティブなものになるし、表面的な人間関係でいいと思っている人には楽なツールになるということでしょう。
マスク依存という言葉が最近はときどき使われるようになりました。
このようにマスクがあるほうが楽だとか、マスクをはずした顔を見られたくないというため、マスクをはずしてよくなってもマスクをはずせない人たちのことを指すようです。
精神医学の世界では、身体に悪いと思っている、やめたいと思っている、それなのにやめられない状態を依存症と言います。
アルコールにしても、タバコにしても、ギャンブルにしても、買い物にしても、やめないと身体が悪くなっていく、あるいは、財政が破綻したり、社会生活を営めなくなるとわかっているのにやめられないなら依存症とされます。
たとえば夏の暑い盛りに、マスクをはずさないと熱中病のリスクが上がることがわかっていて、かつ感染するリスクもほとんどないことがわかっているのにやめられないなら、立派なマスク依存症ということになります。
その依存の大きな理由が自分の本心を知られたくない、表情を見られたくないということであれば、ある種の引きこもり、あるいは疎外感の心理と言えるのではないでしょうか?
コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!
プロフィール
1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。