「疎外感」の精神病理 第2回

コロナ禍と疎外感

和田秀樹

人に会いたくても会えない疎外感

いっぽうで、人に会いたくても会えない、わいわいとお酒でも飲んで騒ぎたいのに騒げないという状況は、そういうことが好きな人には、かなり強い疎外感を与えたようです。

最近、有名人の自殺が相次いで報じられましたが、お酒が好きで仲間と楽しむのが好きだったと報じられています。

前述のように、アルコールは大勢で飲む分にはメンタルヘルスにむしろよいことは珍しくないのですが、一人飲みはうつを誘発するし、またうつ病を悪化させます。

このような要因も十分考えられるのですが、やはりいっぽうで、人に会いたいのに会えない疎外感からどんどんうつを悪化させていったということも否定できません。

そして最終的には命に絶つことにつながったというケースは、おそらく報じられている有名人以外にもかなりの数であるはずだと私は見ています。

コロナ禍はさまざまな形でこのような人に会えない疎外感を生み出しました。

たとえば前述のアルコール依存症などの自助グループも中断になったというところが多いと聞いています。人と人とで支えあうことでどうにかアルコールを断っている人が、その支えを失うことで元の世界に戻った人もいるでしょう。

パチンコなどはこのコロナ自粛の中で行き続けている人は、おそらくはある種の依存症と言っていいくらいです。これもGA(ギャンブラーズ・アノニマス)などの自助グループに行けなくなったことで逆戻りしている人も少なくないはずです。

依存症の中で、唯一救われているのはニコチン依存症の人かもしれません。喫煙所にはコロナ禍の中でもかなりの人だかりができています。世間から迫害されている人同士の連帯感なのか、知らない同士(私の観察ですが)が話して笑っている姿もよく見かけました。依存症の人たちの中で例外的に人とつながっているように私には思えてなりませんでした。

ただ、このような例外を除くと、依存症の人たちが人に会えなくなることで病状を悪化させていることは少なくないと思います。

いくらコロナ禍でも、ある程度は人のつながりは確保しなければならないということを痛感させられました。

老年医療の世界では、とくに高齢者が感染した際に重症化や死亡のリスクが高いことからとくに人と人との距離を取ることなどの感染予防が強く求められました。

デイサービスも中断したところが少なくありませんでしたし、いろいろな制約もあったようです。私の患者さんもデイサービスが再開されても「行きたくない」と言ってやめてしまいました。理由を聞くと、人としゃべってはいけないというのでつまらないというのです。デイサービスというのは、一人暮らしだったり、家族が働いていたりすると、昼間、動くことや話すことがほとんどなくなるので認知症が進行したり、足腰が衰えたりするのを防ぐために行われるサービスです。そこで話すことができなくなれば、デイサービスの大きな機能が奪われることになります。またデイサービスの利用者にとっても面白いものでなくなり、続ける動機が奪われるのはもっともなことです。

人と会えなくなる、話せなくなる問題は老年医療の現場も襲っているのです。

老年医療に限らず、医療の世界全般にコロナ禍は、人に会いたいのに会えないという状況を生み出しました。

入院患者への見舞いがほとんどの病院で禁止されてしまったのです。

例外的にPCR検査を受けて陰性ならば見舞いができるというところもありましたし、1階の面接室に患者さんが下りてきて面接ができるところもありましたが、それは例外的なものですし、また費用もかなりかかります。あるいは、下に降りてこれる患者さんはいいでしょうが、寝たきりのようになっている患者さんにはそれは不可能だったりします。

そうでなくても病気をすると人間は心細くなるものです。それなのに見舞いに来てもらえない孤独感や疎外感はいかばかりのものでしょうか? 実際、私が耳にする限り、入院中にうつ状態になった人は少なくないようです。

そのために治りが悪くなったり、よけいに悪くなる人もいるでしょう。高齢者などの場合は、そのまま亡くなることもありえます。

実際、見舞いの禁止は家族にとっても死に目に会えないという問題を生み出しました。葬式のときでさえコロナが感染した死体の場合はビニールのようなもので包まれて、棺から顔を覗くこともできなかったという苦情を聞いたことがあります。

厚労省のガイドラインではきちんと感染対策をしていれば、死に目にもあえるし、葬儀でもそんなことを強要しているわけではないそうですが、厚労省がマスクをはずしていいと言ってもそうならないように、過度な「感染対策」が実際の現場ではまだ行われているのは確かと言っていいでしょう。

かくして、医療現場では、患者さんの側にも、家族の側にも、ある種の疎外感が続いているのが現状のようです。

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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