「疎外感」の精神病理 第2回

コロナ禍と疎外感

和田秀樹

あぶりだされた人と会うのがストレスの人

さて、このコロナ禍ではマスクのおかげで人に表情が見られなくなるので楽になるという人以上に、多くの人が楽になったようです。

要するに、テレワークやオンライン授業の普及によって、人に会わなくて済むので、多くの人を楽にしたということです。

実は、コロナ自粛が始まったときに、私は精神科医の立場として、短期間の自粛生活はともかくとして、少なくともその長期化に警鐘を鳴らしていました。

外に出ない生活や人と話ができない、居酒屋で職場の憂さ晴らしができない、そしてストレス解消が困難な、そういう生活が続けばうつ病は間違いなく増えます。

生物学的にみても、人間は日光を浴びることでセロトニンという神経伝達物質の分泌が増えることが知られています。逆にそれをしないとセロトニンの分泌は減ります。このセロトニンは脳の中で働くときは幸せホルモンと言われ、幸せな気分を高めるとともに不安感を軽減してくれます。逆に足りなくなると、不安になったり、イライラしたりしますし、その足りない状態が続くとうつ病になってしまうのです。

ヨーロッパでは冬場に日照時間がない極夜と呼ばれる日が続く地域があります。そこまでいかなくとも、ほとんど日が当たらない日々が続く冬場のある地域では、冬季うつ病といわれるうつ病が増えることが知られています。

こういう際の治療として高照度の光を1時間程度浴びる光療法というものがあります。

そのくらい日の光を浴びない生活は、うつ病のリスクになるのです。

もちろん、思い切り部屋を明るくすることで、そのリスクは軽減します。日本が欧米に比べて冬季うつ病が少ないのは、当たり前のように蛍光灯(最近はLEDでしょうが)を使い、採光のいい家に住むということがあるのだと思います。欧米では相変わらず蛍光灯は喜ばれず、間接照明が好まれるからです。

いずれにせよ、うつ病は間違いなく増えるのですが、私の外来でもそうですが、感染を恐れて、精神科の受診も減少傾向でした。

さらに言うと、外で飲んではいけないので、一人飲みが増え、昼間家にいることで疲れないこともあって眠れないために飲む人も増えます。

アルコールはセロトニンを枯渇させる作用があるので、うつ病になった人はさらに悪化させてしまいますし、またお酒の量がどんどん増えていっても、それに対する歯止めがかかりにくい(とくに24時間コンビニでアルコール飲料が買える日本はそうです)のでアルコール依存症のリスクも高めます。

みんなでわいわい飲んでストレスを発散させたり、愚痴を聞いてもらいながらお酒を飲むというのはメンタルに好影響もあるのですが、一人飲みはメンタルには悪いことだらけです。

さらに自粛が続くことで経済も悪化し、失業や廃業が増えることも重なるので、私はコロナ自粛で1年に1万人は自殺が増えるだろうと予想していました。

実際、日本の自殺者数は2011年まで14年連続して3万人を超えていました。その頃と比べても諸条件が悪いのですから、コロナ禍が始まる前の2019年の自殺者数20169人が1万人増えても何の不思議もありませんでした。

結論的にいうと、2020年も2021年も自殺は1000人程度しか増えませんでした。

もちろん本当に私の予想が外れてよかったと言えるのですが、その理由は考えないといけません。自分も公言していた責任を感じてあれこれと考えたのですが、私の仮説では、テレワークやオンライン授業のおかげではないかということです。

9月1日は18歳以下の自殺が最も多い日として知られています。

夏休みがあけ、学校に行かなければならないのが、それだけのストレスだということです。

厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、職場で強いストレスを感じている人は、2018年時点で58%に達するとのことでした。そしてその3割以上が人間関係のストレスです。

テレワークやオンライン授業で、職場や学校に行かなくなることで、本来増えるはずだった1万人程度の自殺が相殺されたのではないかというのが私の仮説です。

それが当たっているかどうかはもちろんわかりません。

ただ、職場に行かなくていい、学校に行かなくていいということがメンタルに好影響を与えたり、精神的に楽になる人が相当数いることは確かなこととなりました。あるいは、会社や学校に通っているうちは気づかなかったのに、そこに行かなくて済むのがこんなに楽なのだと自覚した人も少なくないでしょう。

一人のほうが人と交わるより好きなのだから、本人は疎外感を経験していないかもしれません。ただ、人に交わることに心理的困難を感じ、誰かに頼るより一人のほうがいいというのは、精神科医のお節介かもしれませんが、やはり疎外感の病理のように思えてなりません。

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「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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