あの人にこういう話を今聞いておきたい。だから『遺魂伝』
この『いきもん伝』には53名の著名人が登場し、2014年2月をもって終了。その53名は以下の方々だ。
哀川翔/テリー伊藤/前田日明/田原総一朗/野田義治/久保田利伸/津川雅彦/坂東三津五郎/立川談春/山崎武司/ケラリーノ・サンドロヴィッチ/九里一平/藤岡弘/玉置浩二/大友康平/代々木忠/西村賢太/栗城史多/及川光博/吉川晃司/本宮ひろ志/荒俣宏/横山剣/岩城滉一/大崎洋/K/藤子不二雄A/宮沢和史/ヨシ・タツ/水道橋博士/山本寛斎/関野吉晴/泉谷しげる/須藤元気/三池祟史/張本勲/田中将大/武藤敬司/菅原文太/古田新太/園子温/石井竜也/前園真聖/為末大/内田裕也/加藤浩次/三谷幸喜/佐野元春/筒井康隆/雨宮慶太/パンツェッタ・ジローラモ/百田尚樹/弘兼憲史
振り返るに、この連載を通し、何人かの方の魂に触れた? 違うな、胸の奥にへばりつく魂の欠片のようなものをそげ落とすことができたと思う。そげ落とすことができないまでも、岩城滉一さんのようにジャズではなく、パンクロックのような言葉のやり取りも実現できたし。
それにしても、岩城さんとのインタビュー、吐きそうになるくらい怖かったなあ。
岩城さんが宇宙に飛び立つかもしれないといったニュースを聞きつけ、会いに行ったのだが(ロシアのロケットに乗り、宇宙に行くっていう話はどうなった?)なにより〝岩城滉一って大根役者なの?〟ってことをご本人に問い質したかったわけ。失礼すぎる問いかけではあるけれど、以前から思っていたことなんだから、仕方ないでしょ。そういうことを聞き出すために『いきもん伝』をスタートさせたわけだし。
それに関する答えは、ぜひとも岩城さんの記事を読んでいただたいのだが、正直、岩城さんにぶん殴られるのを覚悟したもんなあ。
いやはや、話を戻す。
その中でも、今でもこちらの胸に響いてくるのは菅原文太さんの言葉だ。とくにネット社会の功罪がメディアで取り上げられるたびに蘇る。
文太さんは、こんなことを言っていた。
「あれ、なんていうの? マッキントッシュのさ、あれだよ。ああ、iPhoneね。これを発明したスティーブ・ジョブズ、俺な、ヤツのことはそれなりに偉いなあと思うんだけど、その反面、よけいなことしやがってと思う(笑)
街を歩いているヤツ、特に若い連中はこぞって指を動かしているだろ。まじめな話、こんな状況でいいのかな、とは思うな。いやまあ、ああいう便利なものが発明され普及すれば、そりゃな、みんな興味を持って使うさ。だけど、若い連中が指先ひとつで世界をわかったような顔をされても困るしなあ(笑)。ああいうもんにとらわれすぎると、そのうち頭が空っぽになるんじゃないか。
(中略)ましてや、ネットでつながることにより孤独から解放されるとか、自分はひとりじゃないと感じられるのが素晴らしいとか若い連中は思い込んでいるかもしれないけども、それは違うんだって。ネットやスマホでつながっていないと不安で仕方ないと反論されるかもしれんけど、それは違うんだ。
いいんだよ、人間は孤独で。孤独になることは悪くないし、孤独は素晴らしいことなんだ」
いま、文太さんがご存命なら、孤独と添い寝できるように生きていくには、どうしたらよいかなど、もう一度、言葉のセッションを積み重ねたかった。その無念さは年々、心の中で大きくなってきている。
文太さんだけじゃない。『いきもん伝』に登場していただいた津川雅彦さん、坂東三津五郎さん、西村賢太さん、栗城史多さん、藤子不二雄A先生、山本寛斎さん、内田裕也さんは、もうこの世にいない。もっともっともっと話し込みたかった。その魂に抱き着きたかった。
あ、そうだ、内田裕也さんには話をしたいというよりも、まずは謝りたい。私ったら、無礼な問いかけをしている。要するに、あなたには世間に通じるヒット曲がないのに、どうしてロック業界で偉そうにしていられるのかと聞いているのだ。
裕也さんは、その問いに対し、ぶっきらぼうにこう答えている。
「売れることがすべてじゃないだろ、この野郎! と俺の心の中では強く思っているよ。ヒット作を持ってても、卑しいヤツは卑しいから。だけど、俺は卑しくないし、ヒット曲がないことが逆に名誉だとさえ思っている」
当時、この言葉は負け惜しみじゃないのかなと思ったのだが、事実は違った。奥方の樹木希林さんが亡くなる直前、彼女はこんな言葉を遺している。
「どうしようもないですよ、あの人は。でも、彼が歌う『朝日のあたる家』を聴いちゃうと、許せちゃうんです、なんでも」
アメリカの伝統的なフォークソング『朝日のあたる家』は、これまでにボブ・ディランなど多くのアーティストによって歌い継がれているが、裕也さんも1965年にカヴァー。その音源を耳にした瞬間、全身の毛穴が開いた。
聴く者の心を引き裂く裕也さん独特のハイトーンヴォイス。それでいて人生の澱のようなものが静かに沈殿していく歌声はアッパレ。樹木希林さんが「あの人が歌う、この曲を聴いちゃうとねえ……」といった真意がなんとなく理解できたような気もする。
いや、ホント、裕也さんには、この1曲だけで十分だと思った。ヒット曲がなくても十分です、好きなだけふんぞり返っていいです。
お詫びとともに、そのことを裕也さんに伝えたかったが、もはや叶わない。もし、生きておられたら、謝罪をしつつ、裕也さんがニューヨークでジョン・レノンとオノ・ヨーコさんが住むマンションに転がり込み、居候していた時代の話も聞き出したかった(ちなみに、オノ・ヨーコさんは随分と嫌がっていたそうだが。まあ、そりゃそうだろう。内田裕也が居候だなんて、たまったもんじゃない)。
さて、私が全力を注いだ『いきもん伝』の終了から、早くも8年もの年月が経つけども、ふとした瞬間に、文太さんや裕也さんのように、あの人にこういう話を聞いとけばよかった、この人の魂の欠片をそげ落としたいと願うことがしばしば。
「だったら、またやりゃいいんじゃないですか」と、またしても奇特な編集者がひょっこり現われ、ありがたいことに『集英社新書プラス』で『いきもん伝2』みたいな人物インタビュー連載をスタートすることになった。
みたいな、と書いたのは表立っては『いきもん伝2』にするかもしれないけど、私的には『遺魂伝』だと思っているからなのだ。
言葉を踊らせ、心も躍らせ、そこから剥がれ落ちてくる魂の破片を拾い集め、伝えていく。
だから『遺魂伝』。
さてさて、これからこの場にどんな魂を持つ人たちが登場してくれるのだろうか。どのような言葉のセッションが繰り広げられるのか。その戦慄、じゃなかった旋律はどのような味わい深い音を奏でてくれるのだろう。
次回から、乞うご期待!
プロフィール
佐々木徹(ささき・とおる)
ライター。週刊誌等でプロレス、音楽の記事を主に執筆。特撮ヒーローもの、格闘技などに詳しい。著書に『週刊プレイボーイのプロレス』(辰巳出版)、『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』(古谷敏・やくみつる両氏との共著、集英社新書)などがある。