遺魂伝 第5回 横尾忠則

魂がどこにあるかは僕にもわからないし、誰も知らない。それでも、魂はあります。

佐々木徹

正反対の性格の人は、自分の魂の向上・進化のために存在している

 さて、話を『死後を生きる生き方』に戻すのだが、ページをめくるたびに、なぜかこの兄の顔が浮かんできて困った。さらに不思議なことに、兄の顔が浮かぶのと同時に、かつて見た横尾さんの『Y字路』シリーズ(Y字形の三叉路を幻想的に描いた、国際的にも評価が高いシリーズのひとつ)の絵画がボコボコっと頭の中に浮かんできたのだ。

《White Light Ride》2003年。個人蔵

 この現象を自分なりに分析すると、冒頭で記したように、兄が『死後を生きる生き方』を読んだら、途中でギブアップすると思ったからだ。横尾さんが本文中〝唯物〟という文言を使うごとに、パブロフの犬のように兄の顔が思い出されてしまった。ボクの中では完全に「唯物=兄」という図式が出来上がってしまっているのだろう。

 それにしてもだ。兄とボクは、同じ両親から生まれ、幼少の頃は一緒に生活をしていたわけなのに、どうしてこんなにも違った道を歩むことになってしまったのか。しかも、それぞれ交わることのない道を歩み続けている。その疑問が、あの『Y字路』の絵画たちに投影されたような気がする。つまり、先に生まれ、ボクの前を歩いていた兄が三叉路に行きついたとき、彼は自分の信じるままに右の道を選択し、歩を進めた。ボクはボクで、左の道を選び、歩いている。このY字路の道が分かれる分岐点に何があったというのか。何があって、兄弟なのに兄とボクはまったく違う道を進むことになってしまったのか。

 横尾さんが上梓した『死後を生きる生き方』は、兄とボクの進んでいる道の違いの、答えが出そうで出ないもどかしさを読後感に渦巻かせている。

「ご兄弟でも、そんなに違うんですね」

 ええ。でも、なぜ同じ親から生まれたのにも関わらず、わかりやすく言えば霊的なものを信じない兄と、信じている弟、輪廻転生の考え方を拒絶している兄と、自分は何回目の輪廻転生を行なっている最中なのだろうかと考えている弟が存在しているんですかね。というか、何をきっかけに進む道が分かれてしまったんでしょう。

「これ、僕の考えですよ。これから話すことは、すべて僕個人の考え方だと思ってください」

 はい。

「分かれ道に何があるのか……難しいですね。どうして右に進んでしまったのか、なぜ、左に進んだのか。それぞれにいろんな考え方とか、それなりの理由がありそうな気がするんですけど、あなたとお兄さんの繋がりをお聞きして、そもそも2人は同じ考え方を持つ必要はないのですよ。というのは、この世界を我々は物質的世界、肉体的世界で生きていますよね。それが一つの存在理由だと思います。その存在理由には時間が限定されています。長生きの人で80歳前後、今は医学の進歩もありますから、90歳とか。そのようなわずか90年ほどの短い時間の中で、この地上を生きていかなければいけない必然性があるんです。そして、そのわずかな時間が終わりを告げたあと、向こうの世界に行くことになり、今度は向こうの世界において存在する必然性が出てくると思うんですね」

 ええ、はい。

「そこで、あなたとお兄さんを分けて考えます。まず、あなたはこちらの世界の唯物的、物質的、肉体的世界で、ある種の抵抗を感じながら生きている」

 ですね。その実感はあります。

「それはなぜかというと、自分の考え方と自分を取り巻く環境との間に、多少のズレがあるからです。だから、ピッタリではないんですよ」

 ああ、なるほど。

「ピッタリではないから、こういうお仕事に就かれていると思いますし、逆にお兄さんは、この世界とピッタリ合っているんです。そのため、お兄さんは生きていて、ほとんど抵抗を感じていないんですね。この世界そのものとイコールですから。お仕事もつまずきもなく続けてこられたのではないでしょうか」

 はい、順調だったようです。

「あなたは、輪廻転生を信じていると言っていましたよね」

 ええ。

「珍しい(笑)」

 いや、本当に信じているんです。

「だとしたら、僕もしゃべりやすいのだけど、あなた自身の魂の進化・向上のために、対極的な考えを持たれたお兄さんがいらっしゃるのかもしれません。それって、とても深い意味があり、重要だと思うんです。つまり、お兄さんは、あなたにとって鏡なんですよね。もし、お兄さんが存在していなければ、もしかしたら現在のあなたは、もう少し唯物的な考え方を有していて、その一方で唯心も携えていることから、相反する作用で、生きることにさらに多くの悩みを抱え込んでいたかもしれない。でも、子供の頃からお兄さんが対立概念として存在しているため、結果的に唯物を否定した上で唯心を育むことができ、今の自分の生き方なり物の考え方を深く掘り下げていくことができているんです」

 ということは……。

「兄弟なので親から受け継がれたDNAは共通していると思います。ただし、それはあくまでも肉体のことであって、DNAは転生しないんです。人間が転生をするのは肉体ではなく、その人が本来持っている魂なわけですよ。だから、お兄さんとは同じDNAだけれども、持っている魂は別ものなんですね」

 兄とボクは持っている魂がそれぞれ違うのだから、兄弟とはいえ、正反対の性格をし、相容れない考え方をしていても不思議ではないと?

「そういうことです。あなたとお兄さんは全く別の魂を持った存在です」

 そういうことだったのか。

「兄弟とはいえ、別ものの人間ですから、あるときを境にしてお兄さんは右の道へ、あなたは左の道を選択しても、何もおかしいことはないんです。ただ、先ほども言いましたように、仮に右を唯物重視の道のりだとすると、お兄さんは肉体と精神だけで自身が納得いく仕事ができているんですよね。その道に魂とか輪廻転生だとか持ち込んでしまうと、逆に仕事にならない(笑)。お兄さんは、この世界のわずかな時間の中で、ご自分の存在の必然性を十分に表現していると思います。その点、あなたはこの世界では多少のズレがある。そのズレを意識することで、心や魂といったものを尊重しようとしている。だけれども、魂の話をしてしまうと、どうしてもこの世界では賛同が得られないし、共感もされない。そのため、仕事でも家庭でも生きづらくなってしまう」

いい加減に生きるられる人は、霊的な世界に近いところにいる

 あえて試練という言葉を使いますが、この世界で、ボクはこれからもズレのせいで発生する試練と向き合っていかなきゃいけないのでしょうか。

「向き合っていくしかないでしょう。ただね、こんなことを言うのは、お兄さんに対して申し訳ないのだけども、あなたのほうがレベルは上ですよ」

 えっ、何のレベルが上?

「もちろん年齢はお兄さんのほうが上ですし、あるいは社会的地位も高いかもしれない。だけど、霊的なレベルでいえば、あなたが上です」

 うっひゃあああ、かつて何事に対しても、兄より上だと言われたことがないんですよねえ。

「あなたは死後の世界に近い存在なんですよ。これまでのズレによる試練、そして、乗り越えていく過程や、そこで得られた自分なりの答えなどは、向こうの世界に行ってから、より必然性を増し、魂の向上へと繋がります」

 そう言っていただけるのは、本当にありがたいことなんですが、なにせボク自身も周囲の人間たちも、兄のほうが優れていると思っていますし、なんだかえらく戸惑ってしまいます。

「それはわかります。お兄さんはこちらの世界とピッタリの存在ですから。ピッタリ合っているから、いろいろと成功されているのでしょう」

 ええ。あのリクルート事件では大活躍した人物のひとりですしね。江副さんが護送されたときの写真が新聞各紙の朝刊の一面を飾った際は親戚一同、そりゃもう大騒ぎ。

「そんなこと気にする必要はありません。向こうの世界では、こちらの世界でいくら偉業を達成しても、大騒ぎする人なんかいませんから。向こうの世界では、大騒ぎするメディアの存在はありませんし、ゼロなんです。地位も名誉も財産も、まったく関係ないのが向こうの世界です。あるのは魂の存在、霊的なレベルのものだけしか向こうにはない。それにしても、お兄さんからすると、あなたは癪な存在でしょうね」

 だと思います。先ほど、ボクとこの世界のズレについて触れられていましたが、やはり、身近で感じるズレは兄の存在なんですよね。そのズレは僕からすると嫌悪感や憎悪に繋がっているし、兄からすれば苛立ちの原因になっていると思います。

「そうでしょうね、あなたはマスコミの仕事に就いているから、余計にそういうことになりますよね」

 例えば、親戚が集まる場所などで、宴の最中に兄が酔っ払ってくると、ボクを責め立ててくるんです。お前の仕事は遊びのようなものだ、責任も負わず、いい加減なことばかりしていると罵ってばかり。傍から見れば、そりゃアイドルにインタビューしたり、ふざけた記事を書くこともありますから、そう罵倒されても仕方ないんですが。

「ただね、いい加減に生きるってことは、非常に霊的な世界だと思いますよ」

 えっ、そうなんですか!

「霊的ではない世界は、すべてにおいて分別で区切られていますから。その世界で生きている人たちはみな、理由と理屈と目的性を重視しています。だけど、あなたの世界には、それがないんです。いえ、あることはあるけど、ちっちゃい」

 ちっちゃい? 確かにボクは背丈も度量も、ちっちゃいですけど。

「僕は新書で【ラテン】という言葉を使いましたが、あなたは感覚的にラテンぽい人格なんですよ。心のどこかで、最後はその日暮らしでもいいやと覚悟しているし、非常に厄介な問題に直面すると、もうそんな面倒くさいことはどうでもいい、と思ってしまう」

 そのとおりです、はい。

「そういう意味でも、面白いですよね。こちらの世界では性格が違ったり、指向性が正反対の兄弟はいくらでもいます。いがみ合ってばかりいる兄弟もいると思います。でも、これだけすべての行動において理由と理屈と目的性を重視している兄と、面倒くさいのは勘弁だとラテンで生きている弟の関係性は興味深い。しかも、就いている職業が対極にあるのに、どこかで繋がっていたりする。その対照的な2人がひとつの家族を形成していた。これは何かの意思によって計画されていたような気すらしますね」

 たぶん、兄は理由と理屈と目的性を十分に精査した上で、Y字路の右の道に進んだのでしょう。ボクはアッパラパーのまま、何も考えずに、その瞬間だけの感覚だけで左の道を歩き出したのだと思います。

「両方の道には、この地上でしか修行できない試練が待ち構えています。それをクリアしていくうちに、向こうへ行きやすい魂と、向こうに行きにくい魂にまた、分かれるんですよ」

 まあ、でも、左の道に進んで悔いはないです。ちょっぴりですけど、楽しいことも経験できましたし。逆に、ボクが右の道を選んでしまったら、キリキリとした余裕のない神経質な生活を送っていたんじゃないでしょうか。

「お兄さんが進んだ道は、非常に理性的、知性的、教養的な世界、わけのわからないことはやらない世界です。しかも、この世界ではそういった唯物的に物事を考える人が多い。要は唯物重視の人のために、この世界は存在していると言ってもいい。そうじゃないと、唯物的な考えが自分の中から浄化されてなくなってしまったら、この地上に生まれてくる必然性がなくなるし、修行の意味もなくなるわけですし、さっさと向こうの世界にいっちゃえばいいだけのことですからね。というか、涅槃に行ってしまい、修行しなくてもよいことになってしまう。

 それに対し、少数ではあるけれど、目の前に出されたものには、とにかく手を出してみる、覗いてみたりするあなたのような人間もいる。僕はどちらかというと、あなた側の人間なんですよ。理性や知性に縛られ、わけのわからないことには手を出さない側の人間だったら、僕はもっと唯物的になって、もしかすると絵なんか描かずに科学者になっていたかもしれない。あるいは、地検の特捜部で事件を追っている(笑)」

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 第4回 山田洋次

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完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦

プロフィール

佐々木徹

佐々木徹(ささき・とおる)

ライター。週刊誌等でプロレス、音楽の記事を主に執筆。特撮ヒーローもの、格闘技などに詳しい。著書に『週刊プレイボーイのプロレス』(辰巳出版)、『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』(古谷敏・やくみつる両氏との共著、集英社新書)などがある。

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