韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第7回

韓国の宗教事情を知る映画

『シークレット・サンシャイン』、『三姉妹』、『サバハ』
伊東順子

  旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題の影響で、最近になって韓国の宗教事情について聞かれることが多い。日本と韓国は隣国なので似ているところも多いのだが、ものすごく違う部分もある。その違いの筆頭ともいえるのが、宗教事情だと思う。社会における宗教のあり方、日常での関わりがとても違うのだ。

 たとえば旧統一教会についても、韓国では「異端」という言い方がされるが、これは伝統キリスト教から見た判断である。異端認定されると、国内での宣教活動(信者獲得)は難しくなる。韓国国内の信者数は実際のところ約2万人にすぎないと言われており、これは宗教団体としてはとても小さい。その反面、関連企業や学校経営などを含めた企業グループとしての影響力は強く、専門家の中には以前からその「目に見えない浸透」を警戒する声もある。また他の宗教団体の活動が活発であるがゆえに、相対的に「目立たない」という事情もある。

「宗教百貨店」と言われる国 

「韓国はクリスチャンが多いですよね。人口の3分の1と聞きました」

 韓国に詳しい人にとっては、それは周知の事実だろう。韓国に行けば街のあちこちに教会の十字架があるし、週末礼拝に何万もの信者が集まるプロテスタントのメガチャーチも複数ある。

 ドラマにも映画にもクリスチャンはたくさん出てくるし、時にはクリスチャンネームをそのまま使っている人に会うこともある。例えば、大ヒットドラマ『賢い医師生活』の中でも、特に賢い小児科医アンドレアやその母親のロサなど。彼らのような敬虔なカソリック教徒の信仰態度をリスペクトして受け入れるのも韓国社会である。

 また熱心な信者はキリスト教だけに限らない。

 是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』(2021年)は、教会が前面に出てくるあたりで、「さすが韓国映画だ」と思った。実は日本でも「赤ちゃんポスト」が置かれた慈恵病院はカソリック系なのだが、運営団体としては病院の印象が強い。

 映画の中でベイビーボックスが置かれていたのは「釜山中央教会」。映画のモデルとなったソウルの教会は知っていたが、釜山にもそんなところがあったのだろうか? 

 調べてみたら「釜山中央教会」という設定はフィクションであり、釜山のベイビーボックスは他の場所にあることがわかった。ネイバー地図によれば、釜山中心部からはかなり離れている。たまたま映画を見た5月は釜山にいたので、ぜひ自分の目で確かめようと思い、ルートを検索して最寄りのバスに乗ってみた。天気のよい日だった。

 市内を抜けて農村地帯をひたすら走る。少々不安になったのは、まさか、こんな人里離れた場所にベイビーボックスがあるとは思わなかったからだ。ところがしばらくすると、はるか前方に金色の物体が見えてきた。近づくにつれて正体がわかった、大仏だ! 黄金に光る巨大な仏像があるお寺、ベイビーボックスはそこで運営されていたのである。

 ソウルでは教会、釜山ではお寺。この棲み分けはわかりやすい。韓国は熱心なクリスチャンが多いことで知られているが、実は仏教徒も負けていない。特に釜山を中心とする慶尚道地域は仏教徒の比率が高く(キリスト教徒の2倍近く)、今の時代に大仏建立の気概あふれるお寺もあれば、運転手を全て仏教徒でそろえたという「慈悲タクシー」に乗ったこともある。

「お客様に対して慈悲の気持ちで仕事をしています」

 思わず合掌しそうになるのだが、たしかにバックミラーに数珠をかけた運転手は釜山のほうが多いような気がする。もちろん十字架の人もいる。これは日本の交通安全のお守りとは違う、彼らにとっては信仰の証である。

 またソウル駅などに行くと、眼の前に広がる光景はエキゾチックで興味深い。

 生演奏で賛美歌を歌っているグループ、聖書について大音量のマイクで語る人、無料給食を配るカソリックや仏教のボランティア団体、さらに紺色のハッピを着た天理教の人もいる。

 それはまさに「宗教百貨店」という表現がぴったりかもしれない。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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