韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第7回

韓国の宗教事情を知る映画

『シークレット・サンシャイン』、『三姉妹』、『サバハ』
伊東順子

韓国における政治と宗教の問題

  韓国政府が2018年発行した『韓国の宗教現況』の序文には、その宗教事情を「宗教百貨店」、「宗教市場」と表現した一節がある。なんとなく「信仰の大安売り」みたいなイメージなのだが、決して悪い意味ではないようだ。続く説明では以下のように書かれている。

「外国から見た場合、韓国は多民族国家である中国などとは違い、単一民族で構成されながらも多宗教国家であり、多宗教国家でありながらも相互共存がうまくいっていると、注目されている」

 では、その宗教百貨店には、どんな宗教が並んでいるのだろう? 以下は韓国政府が集計した2015年の人口別の数字(上位)である。

 1位 基督教(プロテスタント)約970万人

 2位 仏教  約760万人

 3位 天主教(カソリック)約390万人

 4位 円仏教 約8万5000人

 5位 儒教   約7万5000人

 以下、省略

 数字は見れば明らかにように、上位3つが圧倒的に多い。

 日本では1位のプロテスタントと3位のカソリックを合わせて「キリスト教徒」と呼ぶこともあるが、韓国では明確に区別されており、両者に仏教を加えた上位3つが「韓国三大宗教」とされている。以前は仏教が1位だったのが、2015年の調査で基督教と逆転した。

 大統領は何か国難に直面した際には、この三大宗教の代表者を招いて協力を請う。宗教指導者たちの影響力は大きく、また歴代大統領も自ら信仰を明らかにする人が多かった。

 たとえば李承晩、金泳三、李明博はプロテスタント、金大中、盧武鉉、文在寅はカソリック信者として知られている。現在の尹錫悦大統領は公式的には無宗教となっているが、キリスト教団体のボランティア活動などに積極的に参加する様子が報道されている。

 保守系の大統領がプロテスタントで、革新系がカソリックというのは偶然ではない。そもそも韓国における政治と宗教の深い結び付きは、初代大統領の李承晩が米国帰りのプロテスタント信者であり、彼が自らの教会勢力を優遇したことに始まる。また江南にある有力教会の長老だった李明博なども、その宗教人脈を国政に積極的に活用したことで知られている。

 中央集権のカソリックと違い、プロテスタントは教会がそれぞれ独立して宗派を結成しており、政治家との関係なども小回りがきく。その中には人権運動等に熱心な左派系の教会などもあるのだが、目立つのはやはり保守系の教会勢力であり、中には極端な政治的主張を繰り広げる大教会の牧師などもいる。

 そんな韓国で、政治と宗教をめぐる大スキャンダルが発覚したのは2016年、朴槿恵大統領(当時)が新興宗教にはまり、その教祖の娘を政治的なアドバイザーにしていたのだ。民主化から20年を経過した時点で、かつての独裁者の娘が政権の座についたのも問題だったが、なんと過去の亡霊のような新興宗教関係者が国政に直接影響を与えていた。これは保守系の支持層にまで大きなショックを与えた。人々が「ろうそく革命」といわれる大衆運動をもって、この大問題を断罪したのは世界的に知られるところである。

 日本でも政治と宗教の問題は根が深く、旧統一教会との問題が取りざたされる以前にも、大小の宗教団体と政治家個人、あるいは組織的な関連が指摘されてきた。その本格的な検証はまだ始まったばかりである。

 韓国政府の報告にもあったように、たしかに韓国には中国のような宗教がらみの民族問題はないし、宗教同士が目に見える形で争っているわけでもない。諸外国から見れば韓国(おそらく日本なども)で多宗教の平和的共存は実現しているように見えるのだろう。

 ただ韓国で暮らす人々にとって、宗教をめぐる葛藤は決して小さくない。だから映画などもそこに果敢に切り込んできた。宗教をテーマにした映画は他の国でも作られているが、韓国の場合はその世界観を肯定的に扱ったものではなく、常に疑問を呈する形であるのが特徴的だ。

次ページ 「これは反キリスト教映画なのか?」
1 2 3 4 5
 第6回
第8回  

関連書籍

韓国カルチャー 隣人の素顔と現在

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

韓国の宗教事情を知る映画