韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第7回

韓国の宗教事情を知る映画

『シークレット・サンシャイン』、『三姉妹』、『サバハ』
伊東順子

『サバハ』が描いた、三大宗教以外の韓国の宗教世界

 最後に配信で見られる宗教関連映画を一つ。新しめで面白いのは、2019年に韓国で公開された『サバハ』(チャン・ジェヒョン監督)である。最近もエミー賞で世界的に注目を浴びたイ・ジョンジェが主演、『イカゲーム』と同じくなかなかコミカルな役柄だ。

 主人公は牧師であり、また「極東宗教問題研究所」の所長という肩書で、新興宗教についての調査研究及び講演等を生業にしている。冒頭で述べたように韓国のキリスト教にとって「異端問題」は重要なのだが、彼がそれに関するネタで稼いでいるあたりは、生き方としては極めて世俗的というか、かなり胡散臭い。

 映画の冒頭では彼自身が「異端」と批判した宗教団体から、逆に「お前こそエセ牧師だ」と卵をぶつけられるシーンなどもあり、ホラー映画ながらも楽しく見られる。

 主にキリスト教系の異端を調べていた主人公だが、ある時に本気でやばい宗教団体に出会ってしまう。当初は仏教系らしいということで、財力のある仏教団体に話を持ちかけてビジネスにしようとするのだが、事態は目先の金儲けどころの話ではなくなっていく。

 ホラー・ミステリーというジャンルは苦手な人も多いと思うが、イカゲームと同じくイ・ジョンジェの演技は絶妙だし、とくに宗教に興味ある人には大変面白いという。この映画は架空の新興宗教を扱っているのだが、それ以外にも韓国の宗教全般についても知ることができる。金儲けに魂を奪われかけたといっても、映画の主人公は「宗教問題研究所の所長」である。彼なりの学問的考察が展開される場面もある。

 

 映画の舞台となっているのは、 江原道の山間にある小さな農村。まず、登場するのは「ムーダン」(巫堂)、韓国のシャーマンである。

 韓国は伝統的にはシャーマニズムが盛んな国だった。これが後のキリスト教の隆盛につながったとも言われており、そのあたりの事情は『キリスト教とシャーマニズム――なぜ韓国にはクリスチャンが多いのか』(崔吉城著・ちくま新書)に詳しい。

 現在の韓国でシャーマニズム(巫俗信仰)は宗教として認められていないが、それでも何かあった時にムーダンに頼る人々はいる。ムーダンの本来の役目は死者に憑依して、その魂を鎮めることにあるが、霊能力はお祓いや霊知といった場面で期待されることもある。

 映画では、牛たちの異変に気づいた村人たちがムーダンを呼ぶ。「クッ」とよばれるムーダンのお祓いシーンは本番さながら、とても迫力がある。しかし、その霊能力をもってしても、村で起きている異変の原因を突き止めることはできない。この映画はミステリーとしての部分は非常に緻密であり、謎解きの答えは想像以上に大きな物語になっている。

 特に日本の視聴者があっと驚くのは、後半に登場する田中泯の存在である。制作陣がギリギリまで探しまくったという物語の鍵を握る人物には、なんと日本の役者(超個性的ダンサー)が選ばれた。彼が発する凄まじいオーラもまた映画の見どころである。

 

 この映画を見ながら、非常に印象に残るセリフがあった。主人公が教会で「異端やカルト」についての講義をしながら、自分の研究団体への「献金」を募る際に、彼はこんなことを言うのである。

「宗教の自由が必要以上に保証されている韓国で、唯一我が研究所だけがこの問題に取り組んでいます」

 もちろん、この問題に取り組んでいる団体は唯一でなく、彼がパワーポイントに献金振込口座を映し出した瞬間に、講演会を主催した牧師は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 気になるのは、その前段部分である。果たして、韓国で宗教の自由は「必要以上に保証されている」のだろうか? 日本でも今、宗教団体をめぐって類似の議論が起きている。この問題についてもやはり、韓国を知ることは、翻って日本を知ることになりそうだ。

 

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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