韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第7回

韓国の宗教事情を知る映画

『シークレット・サンシャイン』、『三姉妹』、『サバハ』
伊東順子

映画『三姉妹』と二世信者

 そのイ・チャンドン監督の名前を、先ごろ日本でも公開された映画『三姉妹』(イ・スンウォン監督) の公式サイトで見た。彼がこの映画を「非凡な映画!」と絶賛したと書かれていた。『三姉妹』もまた、宗教問題が色濃く反映された作品だ。

 主演であるムン・ソリは脚本に感銘を受けて、映画の共同プロデューサーも買って出たという。彼女の演じる次女ミヨンの完璧主義的なキャラクターも、韓国ではある種の典型的な女性像であり、どこかで会ったような既視感がつきまとう。

「ああいう、お母さん、いますよね?」

 高級マンション暮らし、熱心な教会活動をしながら、子どもたちに厳しい。

 もちろん映画はそれを解体していくのだが、『三姉妹』というタイトルが示すように、彼女一人の問題ではない。彼女には姉と妹がいて、そちらはもう誰がどう見ても悲惨な人生を送っている。

『三姉妹』は2021年10月に韓国で公開された。テーマもさることながら、女優3人の圧倒的な演技力で、この年の映画賞でも大いに注目された。

 日本ではまだ上映が行われているので、ここは特にネタバレご法度である。あらすじについては公式サイトから引用する。 

STORY

韓国・ソウルに暮らす三姉妹。

長女ヒスク(キム・ソニョン)は別れた夫の借金を返しながら、しがない花屋を営んでいる。一人娘のボミは冴えないパンクバンドに入れあげ、反抗期真っ盛り。元夫からお金をせびられ、娘に疎まれても、“大丈夫なフリ”をして日々をやり過ごす。

次女ミヨン(ムン・ソリ)は熱心に教会に通い、聖歌隊の指揮者も務める模範的な信徒。大学教授である夫(チョ・ハンチョル)と一男一女に恵まれ、高級マンションに引っ越したばかり。しかし、夫の裏切りが発覚し“完璧なフリ”をした日常がほころびを見せ始める。

三女ミオク(チャン・ユンジュ)はスランプ中の劇作家。食品卸業の夫(ヒョン・ボンシク)と、夫の連れ子である中学生の息子の3人で暮らしているが、自暴自棄になって昼夜問わず酒浸りの毎日。“酔っていないフリ”をして息子の保護者面談に乗り込んでしまう。

三人揃うことはほとんどない姉妹だが、父親の誕生日会のために久しぶりに帰省し一堂に会することに。牧師様も同席し、祈りが捧げられる時、思いもよらぬ出来事が起きる。そして、三人はそれまで蓋をしていた幼少期の心の傷と向き合うことになる――。  (公式サイトより)

 最近、女性をテーマにした韓国映画に対して、日本でも関心が高まっているようだ。コメントやレビューなどを見てみても、三姉妹それぞれの悲惨な人生をフェミニズム的な視点で見るという内容が多かった。それはもちろん理解できるのだが、実際に映画を見た印象は、それとは少し違っていた。

 この映画のテーマは宗教問題であり、とくに宗教と女性の関係だと思った。すぐに思い出したのは『シークレット・サンシャイン』である。なるほど「イ・チャンドン監督が絶賛」というのも理解できると思った。たしかに「非凡」なのである。

 韓国の宗教人口のうち、女性が占める比率は高い。三大宗教は全てそうだし、映画の途中で長女が遭遇する新興宗教のようなものも、やはり女性信者が多い。そこには理由があるはずだ。

 過去には儒教社会からはじかれた女性たちが、キリスト教や仏教に居場所を求めたといわれている。では、現在はどうなのだろう? やはり女性に対する排除や抑圧が背景にあるのだろうか? たとえば日本でも旧統一教会などは、女性信者が多いことが知られていた。

 過去に教会やお寺は、女性たちにとって「避難所」でもあった。それは精神的な意味だけでなく、実際にアジールとしての機能もあった。冒頭でふれた「ベイビーボックス」なども、その一つである。しかし、そこが女性にとって解放区というわけではない。

 この映画で名指しされているのは、韓国のプロテスタント教会に内在する家父長制の問題である。教会は男女の役割分担が明確な場所だが、その独特の保守性が家庭に及ぼす影響もあるだろう。たとえば最近、日本のメディアでも取り上げられている宗教2世の問題。当事者たちのインタビューなどを聞きながら思い出したのは、この映画である。

 宗教映画といえば聖書をベースに、キリスト教的な世界を肯定的に扱うものも多いが、韓国の場合はそのタイプの映画は少ない。逆に宗教を批判的に取り扱う秀作が多いのが特徴だ。

 日本人は気づいていないが、おそらく日本社会も外部から見れば、かなり謎めいた宗教社会だと思う(いつも事件が起きるまで気づかないのだが)。特に韓国人にとっては、植民地時代に強制された神社参拝の記憶があるし、また天理教や創価学会など日本発の宗教団体も活発に活動している。日本はクリスチャンこそ少ないが、それ以外ではかなり宗教的だと思われている節がある。とくに韓国では全く人気のない「統一教」(トンイルキョ、韓国人はこう呼んでいる)が、なぜあれほど日本で信者を獲得したのかも不思議だという。ちなみに韓国の地方に行けば、「韓国で暮らす日本女性=統一教信者」という認識の人もかなりいる。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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