ディープ・ニッポン 第2回

国東(2) 田染の田園、宇佐神宮、大年神社、富貴寺

アレックス・カー

死後の世界が、九州最古の木造建築を取り囲む

 神仏習合において宇佐神宮傘下の地となった国東半島では、「六郷満山」という特殊な神秘文化が栄えました。中央政権から遠く離れていたことと、修験道の聖地であったことから、多くの磨崖仏まがいぶつや貴重な仏像、社寺が生まれ、いまに伝えられています。

 数ある寺社群の中でも、社殿の美しさで印象深く残ったのは、田染地区の「富貴寺ふきじ」でした。このお寺は仁聞菩薩が開いたと伝えられる天台宗のお寺で、日本に数カ所しか残っていない平安寺院の一つでもあります。そのような極めて重要な史跡が、鄙びた環境の中に、ひっそりとたたずんでいるのです。

 参道の階段を登って仁王門をくぐると、ピラミッド型の屋根をのせた小さな阿弥陀堂が森の中に立っています。岩手・平泉の中尊寺を一回り小さくしたようなお堂は九州最古の木造建築で、建物内の装飾はだいぶ色褪せてはいますが、平安の浄土信仰の香りが色濃く漂っています。時代に置き去りにされたような素朴な雰囲気だからこそ、一層心に訴えるものがありました。

富貴寺 阿弥陀堂

 阿弥陀堂のすぐ横には荒削りな石仏や灯籠の彫刻群が無造作に置かれていました。閻魔と閻魔の司、奪衣婆だつえば(死んだ人の衣装を脱がす老女)、地蔵菩薩、五輪塔など、どれも死後の世界に関係したものばかりです。磨崖仏ではありませんが、苔むした奇妙な彫刻群はほぼ自然石のように見えて、石と仏の境がどこにあるのか分からなくなるミステリアスな空間でした。

富貴寺 石仏奪衣婆像

 この日は、竹林をはさんで富貴寺のお隣にある「旅庵 蕗薹ふきのとう」という宿に泊まりました。木をふんだんに使った建物は、障子張りの引き戸、窓が映え、周囲の自然に溶け込んでいます。静かな環境の中で、田染名物のぶんご合鴨や山菜、野菜など地場の食材を使った料理をおいしくいただき、ほっとする時間でした。

(つづく)

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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