死後の世界が、九州最古の木造建築を取り囲む
神仏習合において宇佐神宮傘下の地となった国東半島では、「六郷満山」という特殊な神秘文化が栄えました。中央政権から遠く離れていたことと、修験道の聖地であったことから、多くの磨崖仏や貴重な仏像、社寺が生まれ、いまに伝えられています。
数ある寺社群の中でも、社殿の美しさで印象深く残ったのは、田染地区の「富貴寺」でした。このお寺は仁聞菩薩が開いたと伝えられる天台宗のお寺で、日本に数カ所しか残っていない平安寺院の一つでもあります。そのような極めて重要な史跡が、鄙びた環境の中に、ひっそりとたたずんでいるのです。
参道の階段を登って仁王門をくぐると、ピラミッド型の屋根をのせた小さな阿弥陀堂が森の中に立っています。岩手・平泉の中尊寺を一回り小さくしたようなお堂は九州最古の木造建築で、建物内の装飾はだいぶ色褪せてはいますが、平安の浄土信仰の香りが色濃く漂っています。時代に置き去りにされたような素朴な雰囲気だからこそ、一層心に訴えるものがありました。
阿弥陀堂のすぐ横には荒削りな石仏や灯籠の彫刻群が無造作に置かれていました。閻魔と閻魔の司、奪衣婆(死んだ人の衣装を脱がす老女)、地蔵菩薩、五輪塔など、どれも死後の世界に関係したものばかりです。磨崖仏ではありませんが、苔むした奇妙な彫刻群はほぼ自然石のように見えて、石と仏の境がどこにあるのか分からなくなるミステリアスな空間でした。
この日は、竹林をはさんで富貴寺のお隣にある「旅庵 蕗薹」という宿に泊まりました。木をふんだんに使った建物は、障子張りの引き戸、窓が映え、周囲の自然に溶け込んでいます。静かな環境の中で、田染名物のぶんご合鴨や山菜、野菜など地場の食材を使った料理をおいしくいただき、ほっとする時間でした。
(つづく)
構成・清野由美 撮影・大島淳之
オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!