【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第6回

ステイホーム ~外の世界~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる

黒田映李

「4、オーストリアの状況変化」

 

 …

 5月12日、久しぶりに大学の図書館に来てみた。誰もいない。    

 …

 

 トラムがお城の周りをくるくる回っている。かつて城壁のあった場所はリンクと呼ばれ、大通りが敷かれていて、車や馬車も行き交っている。リンクの外側には、城壁を壊す際に外に出した公共施設が多く並んでいる。国会、博物館、楽友協会、市役所やウィーン大学の本館…

 今そこに佇むと、これまで集っていた人々は観光客だったのだ…と、静寂をしみじみ実感するという。

 

 一方の、マリアヒルファー通り。買い物客で賑わう大通りと、リンクの内側にある1区、カフェ・ザッハーのある通りには、徐々に人が出始めたそうだ。

 

 オーストリアで最初に感染者が確認されたのは2月末だった。3月11日、劇場や大学封鎖が決行され、3月16日からは外出禁止の制限が定められた臨時法が施行された。

 

 感染源は、チロル州にある”イシュグル”という、小さな街のスキーリゾート。

「どうしてそこが…」と、ウィーンに暮らす友人は当初、不思議に思った。しかしオーストリアの休暇中、ウィンタースポーツの一大中心地には新宿駅の朝のような光景が広がっているのだと、後に見たドキュメンタリーで知ることになったそうだ。 

 

 3月末までで、“ロックダウン”を伴った感染拡大防止策の効果はだいぶ上がっていた。しかし、まだまだ規制を続ける意向だということを、首相も大統領も訴え、続行された。

 4月に入ってようやく、感染状況に本当の落ち着きが出てきた。それから段階的解除が決定し、イースター後から徐々に規制を解除。そして、5月中旬の今に至っている。

 

 レストランの再開は5月14日からとアナウンスされている。店内に入店できる人数には制限を設けて、テラス席を活用していく方針だ。営業再開を前日に控えた日。街中では、従業員皆で入念に掃除をして、テラス席を一つ一つ設置し、開店に備える光景が見られたそうだ。テイクアウトも引き続き行うという共通認識も、そんな中で消えずに残っている。

 

 劇場は6月末まで封鎖だ。夏季休暇を挟み、次のシーズン開始は9月となる。

 オーケストラ団員は8割の給料保障がなされていて、団体と、国からの失業保障とが折半し、雇用確保の支給形態として施行されている。団体や劇場自体も公演収入が途絶えているので、そこの部分も政府が補填しているという。3月には国がそういった特別予算を早々に組んだが、”9月開幕の道のりは厳しいかもしれない…”と、音楽の都に暮らす人々からは、行く先を鑑みる声が上がっている。

(この後の5月15日、ルナチェック文化大臣が退陣することとなり、ソーシャルディスタンスと小規模人数での開催という規定を設けた上で、5月末から少しずつ段階的に、文化活動を再開することへの動向変更が発表された)

 

 規制そのものがかなり緩くなった5月から、感染者数自体はオーストリア国内において、再び増加傾向にある。感染者の半数は、今やウィーンとなっているそうだ。

 

「経済を回して今までの生活に戻すことをすれば、どうしても感染者は増える。

 そしてこの段階に来ると、カントリーサイドにはソーシャルディスタンスな世界が元々あるけれど、それがない都市部は圧倒的に不利。

 患者数、医療のキャパシティ、経済のバランスをどれだけ保てるか… それがこれからの課題であって、ウィーンだけ再封鎖という事態も場合によっては起こると思う」

 そう語る友人は、段階的解除を経た今もずっと、警戒を解くことをしていない。

 

 ”封鎖解除後の世界”は、友人個人の実感として、元の世界とは全く異なっていたそうだ。

 日常の世界を送る分には快適かもしれないが、大学で学びを積むというスタイルが断たれたままであるということは、彼女にとっては深刻である。

 

 

 都市封鎖がかかった瞬間から、突然、今まで当たり前に出来ていたことができなくなった。

 最初はペースが乱れているという意識はなかったが、徐々にそれを認識し始めて、“ステイホーム”下で日常を保つ工夫を試行錯誤することが必要となってきたという。

 

「食事の時間、ニュースを見聞きする時間を決める。いつも大学で学ぶことを開始している時間に合わせて、作業を始める。世界規模の歴史の転換点をマークする為、各国のニュースを見る時間を決めて、チェックタイトルだけでもザッピングする」

 

 それと、もう一つ、以前と大きく変わった点は、

 

「2日か3日に一度、10分だけビデオに向かい、記録を取ること。」

 

 それは、外国で“ステイホーム”の続ける友人の、外界と内界を繋ぐ時間。

 同時に、彼女自身の内側の変化を意識して繋げて、精神を保つ為の習慣となっている。

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【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

 
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