現代野球でバランスよく勝てる継投策と投手運用は?
とはいえ、これまで挙げた「甲子園を味方にしたエース」を要した3校はいずれも準優勝にとどまっている。
今回の甲子園でも、先発完投型のエースを中心に据えたチームは苦しんでいる。
近江の山田と投げ合った鳴門の冨田は予選の4試合28イニングを1人で投げ抜いた先発完投型だ。序盤に2点の援護をもらい危なげないピッチングを披露していたものの、100球に近づくにつれ目に見えてパフォーマンスが下がりはじめた。5回裏のツーアウト1、2塁の場面、冨田が投じた99球目のボールが高めに浮き、近江の5番打者の横田悟に右中間を破るタイムリーを打たれる。この試合で冨田は7回を投げ8失点を喫してしまう。
同じく1回戦の市立船橋対興南の試合でも、似たようなことが起こる。興南が5点をリードしていたものの、先発完投型エースの生盛 亜勇太が100球前後で調子を落とし8回まで5失点。最終的には2番手として登板した外野手の安座間竜玖が打たれ、サヨナラ負けに。先発完投型のピッチャーが100球を超えると粘れなくなり、逆転負けをするケースが1回戦だけでも2試合あったのである。
いままでも見てきたように、先発完投型をチームの中心に据えて甲子園で勝ち上がることはここ数年で難しくなっている。その状況に拍車をかけたのが2020年以降(つまり吉田、奥川以降)の変化だ。
1つは2020年春から導入された甲子園における球数制限だ。各学校が球数制限を意識するがゆえに、練習や実戦で球数を抑える傾向になっている。もう1つは、新型コロナウイルスの影響による練習や対外試合の減少だ。この2つが重なったがゆえに、投げ込み不足が起こりやすくなり、投手の体力が下がっているのではないだろうか。采配を振るう監督たちにとっても、いままでの選手たちより体力がないことや、実戦数が少ないことを加味しなければならず、先発をどこまで投げさせるべきか判断が難しくなっている(第7回:現代の高校野球における「投げなさすぎ」の罠を参照)。
そうなると1人のエースに頼る投手運用は余計難しくなってくる。しかし、人々の注目を集めるエースピッチャーの存在も欠かせない。
そのようなジレンマを抱える現在の高校野球を考えるうえで理想的な形を見出しているのが、2022年センバツの大阪桐蔭と2021年夏の智弁和歌山の投手起用だ。
・2022年センバツ大阪桐蔭
川原嗣貴 18回 229球 防御率1.50 19奪三振
前田悠伍 13回 198球 防御率0.00 23奪三振
別所孝亮 4回 78球 防御率0.00 3奪三振
南恒誠 1回 17球 防御率0.00 3奪三振
・2021年夏の甲子園智弁和歌山
中西聖輝 23回2/3 360球 防御率0.38 22奪三振
塩路柊季 6回 80球 防御率0.00 8奪三振
伊藤大稀 3回1/3 49球 防御率5.40 0奪三振
高橋令 2回 30球 防御率0.00 3奪三振
武元一輝 1回 24球 防御率9.00 0奪三振
両校1回ずつ不戦勝があったとはいえ、1番球数を投げた投手でも400球未満に抑えている。大阪桐蔭は川原が250球未満で、プロ注目のスター候補、前田が200球未満。
智弁和歌山もエースの中西が360球で、今年エースを務めている塩路に至っては80球しか投げていない。
大阪桐蔭は川原と前田を中心に球数をバランスよく振り分けており、智弁和歌山もエースに過度な球数は投げさせず、現エースの塩路を中心に控え投手の4人で負担を分散させながら優勝を成し遂げた。
この両校を見ると、重要な場面ではエースに投げさせながら、2番手投手も先発からリリーフをこなし、大会通じて100球から200球近く投げ、3番手でも失点を抑えられる体制こそ理想的な投手戦術である。
先発完投型か、継投策か、その分岐点にある2022年の夏の甲子園は投手起用と球数に注目しながら観るのも面白いだろう。
100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。
プロフィール
野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。