100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。今回は先発完投型の甲子園のスターがチームにもたらす効果と、その課題、そしてもっとも理想的な継投策について。
「甲子園」という舞台をいかに味方につけるか
夏の甲子園は100年以上にわたり「夏の風物詩」として日本に根付いている。甲子園球場は連日何万人もの観客が詰めかけメディアにも大々的に取り上げられるため、そこで活躍した選手は全国スターになる。それと同時に、プレーする高校球児にとっては経験したことがないプレッシャーが圧し掛かる。いわば「球場の雰囲気」に飲み込まれてしまうのだ。だからこそ、本来ではしないような凡ミスをしてしまったり、力がある選手が突然活躍できなくなる、ということが往々にして起こる。その一方で、「甲子園」という舞台を味方につけることで勝ち上がるチームもある。
具体的な例を2つ挙げたい。
まずは、2018年の夏の甲子園準優勝校の金足農業だ。この高校はエースの吉田輝星(現・北海道日本ハムファイターズ)を中心にした属人的な戦略を立てていた。2018年の夏の大会全試合のスコアを見てみよう。
・2018年金足農業
決勝 :金足農業 2-13 大阪桐蔭
準決勝 :金足農業 2-1 日大三
準々決勝:金足農業 3-2 近江
3回戦 :金足農業 5-4 横浜
2回戦 :金足農業 6-3 大垣日大
1回戦 :金足農業 5-1 鹿児島実業
吉田は決勝以外を1人で投げ切り、総投球数は881球にものぼった。スコアを見て意外に思うのは、完封勝利が0なことだ。ふつう1人のエースピッチャーを中心にしたチームは、完封勝利によって上位に登っていく印象がある(松坂大輔が投げぬき一世を風靡した90年代末の横浜を思い浮かべてみればいいだろう)。しかし、金足農業は点を与えながらも僅差の試合を制するという勝ち上がり方だった。
金足農業が注目されたのは、2回戦の大垣日大戦。吉田が13奪三振を記録して、一気にチームが勢いに乗りメディアも注目し始めた。その際、エースの吉田の快投だけでなくチーム自体のバックグラウンドが取り上げられたのである。金足農業が公立校かつ農業高校であること、ベンチメンバー全員が秋田県出身であること、吉田を含めてスタメンを一切交代しなかったこと……これらすべてが、近年の高校野球の強豪校(県外から選手を集めて選手層を厚くし、ベンチワークを駆使して勝ち上がる私立高校)とは真逆である。そんなチームが大垣日大や横浜、近江、日大三といった名門に立ち向かっていく。金足農業は「雑草魂」のチームとして、甲子園に訪れる観客のみならず、日本中を味方にしていった。
この「金足旋風」とも呼ばれる状況は強豪校にとっても大きなプレッシャーになったことが推察される。とくに横浜戦と近江戦は、金足農業が終盤に逆転したことで勝利したのだが、終盤に逆転する力を持っているこの2校が追い上げられなかったのは、甲子園のムードが金足農業に味方していたからではないだろうか。
さらにそのような甲子園のムードは、審判をも飲み込む。「甲子園を味方につけた」投手がツーストライクから投じる外角のストレートは、ボール1個分外れていてもストライク判定になりやすくなるように感じる。
その典型例が、2019年の星稜高校のエース、奥川恭伸(現・ヤクルト)である。
この年の星稜は、金足と同じくエースの奥川恭伸を中心としたチームで勝ち上がった。ただ星稜の場合は何度も甲子園に出場している名門校であり、奥川も大会No.1投手の呼び声が高かったため、初戦から注目が集まっていた。
・星稜 2019年夏の甲子園全戦績
決勝 :星稜 3-5 履正社
準決勝 :星稜 9-0 中京学院大中京
準々決勝:星稜 17-1 仙台育英
3回戦 :星稜 4-1 智弁和歌山(14回タイブレーク)
2回戦 :星稜 6-3 立命館宇治
1回戦 :星稜 1-0 旭川大
星稜のターニングポイントとなったのは、3回戦。対戦相手は優勝候補の智弁和歌山だった。この試合は延長12回まで1対1の僅差で試合が進行し、タイブレーク(13回以降はノーアウト1、2塁から各チームの攻撃を開始するルール)にもつれるほどの白熱した試合になった。奥川は13回、14回とヒットを1本も許さず、無失点に抑え、結果14回裏に6番打者の福本陽生がサヨナラホームランを放ち熱戦を制した。
星稜はこの試合までは、奥川のワンマンチームだったが、この試合に勝利してからは息を吹き返すように打線が振れるようになった。
くわえて、この試合で14回を投げ抜いたことで奥川の全国的な知名度は上がった。このようなメディアの後押しもあり、準々決勝からは球場の雰囲気が星稜のホームかのような空気感に変わった。
奥川の決勝前の成績は下記の通りだ。
投球回32回1/3 防御率0.00 被安打10 奪三振45 四死球5 奪三振率12.5
決勝前時点で防御率0.00という成績からも、奥川はこの年の甲子園の主役だった(星稜の準決勝までの失点は5点。そのうち奥川が投げて失点したのは、味方のエラーによって出塁したランナーを返された3回戦のみ)
余談だが、奥川はイニング平均の球数が12.9と優勝校である履正社の清水大成(現・早稲田大学)よりも少ない。ふつう、奪三振率が高いピッチャーは球数が多くなる傾向があるため、この数字は驚異的だ。しかも、彼の場合3回戦でタイブレークを経験している。疲労がたまっているピッチャーはコントロールがばらつき、球数が増えていくため、この数字からも奥川のピッチャーとしての優秀さがよくわかる。
・2019年甲子園球数ランキングとイニング平均の球数
594球 清水大成(履正社)16.65
512球 奥川恭伸(星稜)12.39
355球 荒井大地(高岡商)15.21
352球 林勇成(作新学院)14.27
337球 不後祐将(中京学院大中京)17.43
そして、センバツでも話題になった近江の山田陽翔が、2022年夏の甲子園の「甲子園を味方につける」存在になりつつある。
8月7日におこなわれた1回戦近江と鳴門の試合は、この日一番遅い時間(第4試合、17時試合開始)に始まったにも関わらず、20,000人を動員した。1日目の第3試合(7,000人)や3日目第4試合(10,000人)、4日目第4試合(13,000人)の動員と比べても、山田の人気の高さがわかる数字だ。
鳴門の左腕エース冨田遼弥との投げ合いも注目された中で、山田は大会No.1右腕の呼び声に相応しい投球をして投げ勝った。最速148km/hのストレートとスラッターを中心に1試合最多の13奪三振。さらに、予選では打率1割台だった打撃も、この試合では4打数2安打を放つ。球数も8回を投げて113球と、センバツと比較しても余裕を残しながら1回戦を突破した。
センバツでは山田の熱投により、甲子園が近江に味方し、決勝まで勝ち上がった。2回戦は鶴岡東(山形)だが、山田が先発をするかどうかや、打撃にも注目が集まり雰囲気もどのように変えていくかが注目である。
100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。
プロフィール
野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。