100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。今大会では大阪桐蔭が4年ぶりの春夏連覇を狙っているが、21世紀に入ってから春夏連覇を成し遂げたのは2010年の興南、そして2012年と2018年の大阪桐蔭の2校のみ。そして、夏の甲子園2連覇を成し遂げたのも、2004年と2005年の駒大苫小牧のみである。甲子園で春夏連覇をするためには何が必要なのだろうか?
大阪桐蔭が目指す春夏連覇の難しさ
甲子園大会の長い歴史のなかで、春夏連覇はわずか7校しか成し遂げたことがない偉業である。
今大会は、3度目の春夏連覇を狙う大阪桐蔭がベスト16に進んでおり、偉業達成に注目が集まっている。
しかしリード文にも記した通り、21世紀の高校野球で春夏連覇を達成したのは、2010年の興南と2012年・2018年の大阪桐蔭のみ。春夏連覇を惜しいところで逃した学校ですら、2007年の常葉菊川(センバツ優勝、夏ベスト4)、2004年の済美(センバツ優勝、夏準優勝)の2校しかない。20世紀最後の2000年に圧倒的な打線で夏の甲子園を制覇した智弁和歌山でも、その年のセンバツでは準優勝だった(ちなみに2010年に夏の甲子園で準優勝、2011年のセンバツで優勝をした東海大相模は『夏春連覇』目前であった)。
この戦績を見るだけで、いかに春夏連覇が茨の道であるかがわかるだろう。本記事では春夏連覇に近かったのにもかかわらずそれを逃してしまった2校と、夏2連覇を果たした2004年から2005年の駒大苫小牧を分析し、高校野球における「連覇の条件」を考えていく。
圧倒的な強力打線と複数枚の投手陣を活かして夏を制した智弁和歌山
まず取り上げるのは、強力打線を擁してその年の夏甲子園を席巻した2000年の智弁和歌山だ。1997〜2002年の6年の間の智弁和歌山は、春夏合わせて優勝2回・準優勝2回・4強1回と圧倒的な強さを誇っていたが、1999年の夏は準決勝で敗退。2000年のセンバツは切れ味鋭いスライダーで注目を集めた好投手、筑川利希也を擁する東海大相模に惜敗して優勝を逃したものの、夏はその悔しさを晴らし甲子園制覇を果たした。
智弁和歌山は世代問わず「強力打線」を擁する名門であり、西川遥輝(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)や林晃汰(現・広島カープ)といった好打者を輩出している。そのなかでも、2000年の打線は2番の堤野健太郎から6番の山野純平まで、一発がある選手が揃っていた。
下記が2000年夏の智弁和歌山戦績と主要選手の成績である。
・智弁和歌山(2000年夏)大会戦績
決勝 :智弁和歌山 11-6 東海大浦安
準決勝 :智弁和歌山 7-5 光星学院
準々決勝:智弁和歌山 7-6 柳川
3回戦 :智弁和歌山 11-7 PL学園
2回戦 :智弁和歌山 7-6 中京大中京
1回戦 :智弁和歌山 14-4 新発田農
・打撃成績
4 小関武史 打率.310 0本塁打 3打点
6 堤野健太郎 打率.556 2本塁打 8打点
3 武内晋一 打率.538 2本塁打 6打点
8 池辺啓二 打率.414 1本塁打 9打点
2 後藤仁 打率.458 3本塁打 6打点
9 山野純平 打率.481 3本塁打 13打点
7 井口暢仁 打率.333 0本塁打 2打点
5 青山祐也 打率.174 0本塁打 2打点
1 中家聖人 打率.364 0本塁打 2打点
控え 北橋真 打率.421 0本塁打 3打点
チーム打率.413
・投手成績
山野純平 33回 12奪三振 防御率1.91
中家聖人 21回2/3 11奪三振 防御率5.40
松本晋昴 1回1/3 3奪三振 防御率0.00
チーム防御率3.89
智弁和歌山が優勝をする直近の大会では、1998年に春夏連覇を果たした横浜(エースは松坂大輔)や1999年に夏の甲子園を制覇した桐生第一(エースは正田樹)のように、1人の圧倒的エースを予選から甲子園まで投げさせる戦略が一般的だった。さらにさかのぼると、1982年に「やまびこ打線」と呼ばれた強力打線を擁した池田高校も畠山準や水野雄仁といった好投手に頼る采配をしていたし、翌年その池田を破ったPL学園も1年生の桑田真澄が1人で投げ抜いていた。しかし、2000年の智弁和歌山は20世紀の優勝校にしては珍しく、複数の投手の継投によって勝ち上がっていた(似たようなケースで1987年のPL学園は野村弘樹、橋本清、岩崎充宏の複数枚の投手を擁して優勝した)。
実際、この夏の智弁和歌山はエース級の投手が不在だった。センバツで柳川のエース香月良太に投げ勝ち、決勝でも先発を務めたサイドハンドの左腕投手白野託也は登板がなく、エースナンバーを背負った松本は、調子が上がらず長いイニングを任せられる状況ではなかった。
投手の大黒柱がいない状況で、智弁和歌山は野手だった山野を投手としてマウンドに上げた。夏に向けて生まれた起用法が「2人の投手を上手く継投しながら圧倒的な打力で勝つ」という現代の高校野球に近い戦略だった。言うならば2000年の智弁和歌山は、これまでの高校野球のセオリーを覆したのである。
その戦略は名門校をも圧倒する。2回戦の中京大中京との乱打戦を制すと、3回戦のPL学園戦でも、19安打・4本塁打で打ち勝った。とくに、19安打のうち9安打が長打であり、強豪相手に打撃力の違いを見せた。
準々決勝の柳川戦は1対0でリードを守り切ったセンバツでの戦いとは打って変わり、序盤からリードを許す展開に。しかし8回裏に柳川のエース香月の親指のマメが潰れるというアクシデントの隙をつき、武内と山野のホームランで追いつくと、延長11回に後藤のサヨナラ打で勝利した。準決勝の光星学院戦もリードを許す展開だったが、この試合も打線が2番手根市寛貴を攻略し終盤の逆転劇で勝利。
2度の逆転劇によって勝ち上がった決勝で戦ったのは、東海大浦安。そのエースの浜名翔は準決勝まで35回2/3を投げて防御率は2.02と驚異的なピッチングをみせており、どのチームも彼の決め球シュートを打ちあぐねていた。智弁和歌山打線はその浜名から6回表までに5点を奪うも、東海大浦安打線も智弁和歌山の中家から5得点、そして6回裏に山野から勝ち越しの6点目を奪う。しかし、智弁和歌山は劣勢に立たされていながらも焦りはなかった。8表に疲れが見え始めた浜名に対して、5つの長短打で一挙5得点を奪い逆転優勝。準々決勝から決勝まですべて逆転勝利で夏の甲子園を制覇した。
智弁和歌山は、この大会で多くの記録を塗り替えた。6試合連続2桁安打は大会タイ記録。さらに、合計100安打・11本塁打・チーム打率.413(2001年に日大三が更新、2004年に駒大苫小牧がさらに更新)・157塁打は歴代最高記録だった。ちなみに合計34失点も新記録である。失点をしても相手より打って得点するチームのスタイルは、この大会の20年以上経った後も語り継がれるように、智弁和歌山は「豪打」や「強力打線」のイメージを作り上げた。そして20世紀のチームでありながら、継投によって甲子園を勝ち上がる21世紀型の高校野球のスタイルに最も近いチームでもあった。
100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。
プロフィール
野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。