近年、新卒・既卒問わず、若者の間で「コンサル」が職業として人気を博している。彼ら彼女らがコンサルを目指す動機は、「成長したい」から。なぜ、ビジネスパーソンたちは成長を目指すのか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書、2022年)の著者が、現代社会の実像を明らかにする。
第4回は「スポーツ」における語りと、ビジネスの成長言説との親和性の高さについて、本田圭佑、三苫薫、遠藤航、長谷部誠、中田英寿といった日本のサッカー・プレイヤーにフォーカスしながら分析する。
スポーツで何が成長するのか
「体操を通して、お子様たちは今までできなかったことにチャレンジする気持ちも学んでいきます。身体だけでなく、精神も成長させることができるのです」
先日参加した保育園の運動会で、先生がこんなことを保護者向けに話していた。「健全な精神は健全な肉体に宿る」「心技体」など、類似する趣旨の言い回しは複数存在する。学校で行われる部活動も、教育という側面において「スポーツを通して心身の教育をおこなう」といった意図のもとで運営されているはずであり、試合で使った外部のロッカールームを使用前よりもきれいにして返すといったエピソードもその延長線上にあるだろう。
スポーツにおける身体面での成長というのは非常にわかりやすいものである。今までより速く走れた、高く跳べた、大会で良い成績を上げられた、など明確な結果によってその成長度合いを測ることができる。そのわかりやすい指標があるからこそ、幾分曖昧な精神面での成長というのも「おそらく起こっているのだろう」という形で納得されやすい。何らかの具体的な成績を示されて、その裏側には選手たちのあきらめない気持ちとチームワークがありました、と言われればそんなものかと思ってしまうのが自然である。
このように、「スポーツ」と「成長」は今の日本において分かちがたく結びついている概念である。それゆえに、スポーツ選手の成長に対する姿勢は、成長に追い立てられる現在のビジネスパーソンにとって眩いものとして映る。
こんな前置きを踏まえると、本連載の初回で(および拙著『ファスト教養』でも)紹介したこの発言が持つ社会的な意味もわかりやすくなる。
「他人のせいにするな!政治のせいにするな!!生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!!」
(本田圭佑のX<旧 Twitter>の投稿、2017年5月30日)
本田圭佑が2017年に発した「成長に囚われる」という奇妙な言葉は、2023年の日本社会のある側面を的確に描写する表現として機能している。多くのビジネスパーソンが「成長のため」に深く考えずに大企業を飛び出し、成長のマニュアルとしてコンサル本を購入しているのはここまでの本連載で述べた通りである。
本田が発する成長という言葉が神通力を持つのは、やはり彼がスポーツを通じて身体と精神を成長させてきた(と信じられている)アスリートだからだろう。そしてそのスポーツが、グローバルマーケットの中で常に自らの市場価値を可視化され続けるサッカーだからこそ、彼のメッセージは「世界を股にかける」ことがいまだ一定の価値を持つビジネスパーソンの置かれた環境においても色鮮やかに輝くのである。
少し意外に思われる向きもあるかもしれないが、本田は2023年10月現在で彼が直接の著者として執筆した書籍を刊行していない(ライターの木崎伸也が本田のもとにたびたび足を運んで引き出した言葉や考えをまとめた『直撃 本田圭佑』<文藝春秋、2016年>があるが、本田の著書ではない)。そんな本田を尻目に、サッカー選手が自身の言葉を綴った書籍を発表するのはすっかり一般化している。本稿では、日本代表で主力を張る、もしくは張ってきた選手たちの書籍で語られる言葉に目を向けながら、彼らの「成長観」がビジネスパーソンたちにどんな影響を与えてきたかについて考える。
ビジネス書著者としての三笘薫
2022年11月から12月にかけて行われたカタールワールドカップにおいて、これまでの最高成績であるベスト16の壁は破れなかったものの、ドイツとスペインに劇的な試合運びで勝利するなど世界のサッカーシーンに大きなインパクトを残したサッカー日本代表。ワールドカップ以降も森保一が監督を継続し、2023年の親善試合ではヨーロッパの国々に対して好成績を収めた。
日本代表の評判とともに、各選手の存在感も一気に高まっている。その筆頭が、イングランドのプレミアリーグ、ブライトンに所属する三苫薫である。最近ブライトンとの契約を2027年まで更新した三苫だが、過去にはヨーロッパのビッグクラブが興味を示していたという噂もあり、今後さらなるステップアップが期待されている。
そんな新時代のニュースターでもある三苫薫の考え方がまとまっているのが、彼が2023年6月に刊行した『VISION 夢を叶える逆算思考』(双葉社)である。
プレミアリーグ2年目が開幕。4人抜きドリブルシュートで世界を驚かせた三笘薫選手。 同選手の初の著書『VISION 夢を叶える逆算思考』(双葉社刊)が出版。7万5千部ベストセラーに。普通のサッカー少年だった三笘選手が、今や日本を代表する選手にまで成長し、なぜ“世界のMITOMA”と評価されるようになったのか。三笘選手を形作る「120のメソッド」を全公開―!
(アマゾンに記載の紹介文)
この本において「メソッド」を解説する三苫の語り口は、実に丁寧で誠実である。一方で、「普通のサッカー少年」が「なぜ“世界のMITOMA”と評価されるようになったのか」を明らかにするという本のアウトラインは、ビジネス書でよく見られる「平凡な会社員だった私がなぜベンチャー企業を起こして成功を収められたのか」といったストーリーにも置き換えられるものである(ここは三苫本人が云々ということではなく、出版社をはじめとする本のつくり方に関する話であるのを念のため補足しておきたい)。
そしてそんなフレームに沿って開示されていく三苫のメソッドは、やはり「ビジネス書」テイストが非常に強い。以下、本文の一部の抜粋である。
「プロになるために必要な高い意識を保つために、まず求められたのが「目標の設定」だった」「目標シートを初めて書いたのは小学3年生だった」「小学生の頃から具体的な目標や将来のビジョンを「言語化(具体的な文章や言葉に落とし込む)」することはとても大切なことだったと思う」
「何かをアップデートしようとした際には効率も重要になる」「そしていざ、アップデートを実践するときには手順も重要である。僕はいわゆる「PDCAサイクル」を用いている。PDCAサイクルは商品の品質管理や企業が目標達成のために使用するメソッド」「PDCAサイクルは経営の世界などで長らく使用されているため、エビデンスがあるメソッドだといえる」
「現在の僕の身長は178cmであるが、子供の頃にもっとしっかり寝ておけば180cmを越えていたんじゃないかな、と思うことがある」「こうした後悔があるからこそ、現在、僕は自分の中に優先順位を設定し、サッカーにマイナスになることはできる限り排除し、後悔しないように日々の生活を送っているのだ」
「自分の「プレーを言語化」する癖がついているともいえる」
言語化、PDCA、効率化、優先順位、アップデート…NewsPicksに傾倒する若手ビジネスパーソンかのような言葉の選び方(特に「アップデート」という表現は本書を通じてたびたび登場する)は、三苫本人によるものなのか、本を作る過程で編集サイドによって付け足されたものなのかはわからない。それでも、「今でもYouTubeで偉人の本の要約動画を見たりしている」「今、僕はビジネスシーンや普段の生活での効率性を高めるアイディアなどを紹介する、「ライフハック系」の栄養について書かれた本をよく読んでいる」といったエピソードが丸っきり作りものだということはあり得ないだろう。
先ほど紹介したあらすじの通り『VISION 夢を叶える逆算思考』は平凡なサッカー少年の成長物語としての体裁をとっており、「120のメソッド」は言葉を補うと「成功と成長のための120のメソッド」でもある。そしてそのメソッドは、トップアスリートならではのユニークな感性を解き明かしたものというよりは、勤勉なビジネスパーソンのTips集といった趣が強い。そういった意味で、三苫はビジネス書の著者としての仕事を完璧にこなしているとも言える。
「心」から「データ」へ
有名サッカー選手による書籍ビジネスにおけるターニングポイントとして、2011年に刊行された長谷部誠『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』(幻冬舎)の大ヒットが挙げられる。
『心を整える。』も『VISION 夢を叶える逆算思考』と同じく、長谷部がサッカー界における重要な選手(当時は日本代表のキャプテンになって間もないタイミングだった)にいかになっていったかをJリーグやヨーロッパのクラブ、日本代表での経験とともに解説する本である。ただ、ここで示される「習慣」はどちらかといえば「心構え」に近いものが多く、三苫が語る「メソッド」よりは幾分抽象度が高い。前述したようなザ・ビジネス書とでも呼べるワードも頻出しないし、彼が敬愛するMr.Childrenについての記述になると途端に具体性が高まるのもほほえましい(書籍の中で唐突に「長谷部誠による、ミスターチルドレンBEST15」が始まる)。
抽象的なメンタルに関する心構えから、成功・成長につながる具体的なメソッドへ。『心を整える。』と『VISION 夢を叶える逆算思考』の違いは、他のサッカー選手関連書籍を補助線に置くとその状況が見えやすくなる。具体的にいえば、長谷部が日本代表で活躍した最後のワールドカップとなったロシア大会前後で、サッカー選手を取り巻く言葉の雰囲気が変わっている。以前までは前者の言葉が主流だったが、現在では後者寄りのアウトプットが増えつつある。
この流れは代表のキャプテンを務める選手の書籍を並べるとわかりやすい。長谷部のあとに代表キャプテンを受け継いだ吉田麻也がロシアワールドカップ前の2018年に刊行した『レジリエンス 負けない力』(ハーパーコリンズ・ジャパン)。吉田の半生を振り返る自伝的な内容のこの書籍は、タイトルの通りアスリートとして持つべきメンタリティについて語られた本でもある。
一方で、カタール大会以降、現在のキャプテンを務める遠藤航がカタール大会直前に発表した『DUEL』(ワニブックス、2022年)では自身の現状を把握するうえでのデータの重要性が語られる。「「戦う姿勢」は日常×データに現れる」「いままでにないデータにフォーカスする」といった切り口からデュエル(試合における1対1の局面)に着目し、その数がチームの成績とどう結びつくのか、自分のデュエルの勝率を上げるためにはどうすればいいか、と論を広げていくアプローチは長谷部や吉田の書籍にはなかったものである。こういった記述は、遠藤が当時在籍していたドイツ・ブンデスリーガでデュエルの勝率1位を2年連続で獲得しているからこそ説得力を増す。ちなみにこの書籍のサブタイトルは「世界に勝つために「最適解」を探し続けろ」、帯にあるコピーは「4年で市場価値を600%アップさせた正解を求めない30の思考法」。正解は求めないが最適解を探すというやや入り組んだ打ち出しではあるが、何らかの答えにつながる具体的なアクションを想起させる点では三苫の本とも共通している。
遠藤がデータの重要性を説き、三苫がアップデートを意識しながらPDCAを回す。彼らが大事にするのはメンタルを保つといったふんわりした話ではなく、再現性を重視した(今どきっぽく言えば「エビデンス」に依拠した)アクションである。おそらくこの背景には、彼らの本業であるサッカーが日進月歩で科学的になっていっていることがある。現代のサッカー選手は、クラブの監督がデータや分析を駆使して導き出す戦い方を確実に理解したうえで自身の個性を発揮することが求められる。そういった状況に適応するための思考プロセスが、彼らが執筆する本のあり方も変えている可能性が高い。そして、その変化は「お金を稼ぐために手っ取り早く何をすればいいか知りたい」という現在の受け手側のニーズにもフィットしている(遠藤の本が「市場価値」という言葉でアピールされているのが象徴的である)。
ところで、三苫や遠藤が活躍したカタールワールドカップの直前に、相も変わらずメンタルに特化した書籍を発表したのが長友佑都である。『[メンタルモンスター]になる。』(幻冬舎)と題されたこの本は、タイトルの通り長友の活躍の秘訣であるメンタルの強さについて語られたものであり、「しなやかで柔らかいメンタル」を身につけることが自身の継続的な成長につながるという論旨が展開されている。
長友の「成長」に対するこだわりは強烈である。『[メンタルモンスター]になる。』でこの言葉が登場する回数、実に53回(kindleの検索機能より)。アマゾンの商品サイトによると紙の本では196ページなので、単純計算で4ページに1回程度この言葉と出会うことになる。同じくメンタルにフォーカスした『心を整える。』が同じカウントの方法で16回だったことを踏まえると、その多さが際立つだろう。
メンタルを強くすることが成長につながるという構造にこだわる長友のスタンスは、三苫や遠藤のような存在が登場した今では異色に見える。「しなやかで柔らかいメンタル」が目指す姿と言われてもどんなデータで計測するのか不明であり、それではPDCAなど回す由もない。ただ、実は長友佑都の成長論は、サッカー選手とビジネスパーソンが成長をキーワードに同じ座標上で交わる現状において重要な役割を果たしている。そしてその考え方は、20年スパンで日本のサッカー界で培われてきたものでもある。
「サッカーバカは嫌だ」の系譜
「まずはサッカーだけをやっていても自分の成長は少ないですし、人生全体を考えても面白くないと思いました」
「フィナンシェさんの存在を知ったのが(本田)圭佑のTwitter投稿でした。それを見たときに、すごくワクワクするようなサービスだと感じて、すぐに圭佑に「フィナンシェに投資したい。ぜひ紹介してほしい」と伝えて、そこから関係性ができてきました」
(長友佑都×國光宏尚 トークンを語ろう「応援するファンにも経済的メリットを」)
時代に左右されることなくメンタル寄りの自己啓発書を通じて成長について発信する長友は、自身の成長をサッカー以外の活動とも結びつけて語っている。
カタールワールドカップ後も現役のJリーガーとしての活躍を続けている長友は、「アスリートの価値から創造したプロダクトで健康課題の解決へ挑戦する」というミッションを掲げる株式会社CUOREの代表取締役でもある。選手でありながら自らのビジネスを立ち上げている現状について、長友は「サッカー選手ファーストを貫き、成長し続けるために、ほかのジャンルの役回りにも挑戦したいと考えるタイプ」(『[メンタルモンスター]になる。』より)と述べている。
サッカーで成果を出すことが自らの市場価値につながる世界に身を置く人が、サッカーだけではだめという考え方を言葉にする。一見すると違和感を覚えるが、サッカー選手の書籍にはこういった内容の文章が形を変えてたびたび登場する。
「だけど何より、自分の中では「サッカーしかやっていないから礼儀を知らない」だとか、「他には何もまともなことができない」とは言われたくない気持ちが強かった。「サッカーバカ」だと思われるのは絶対にごめんだった」
「たまに若い日本人選手から「麻也さん、もう何も不自由ないんじゃないですか?」と言われることがある。そんな若手には「俺は10代の時からビジョンを持ってやってきた。おまえはそういう決断を選択してきたか?」と言いたくなる」
(『レジリエンス 負けない力』吉田麻也)
「フランス語の他には、自分が知らないことで興味のある分野の勉強をしています。いまなら経済学」
「読書は、僕のなかでは格好いいというイメージがあります。もしかすると、長谷部(誠)さん、タニくん(大谷秀和)という、日本代表と柏レイソルのキャプテンが2人とも読書家であり、その2人への強い憧れが影響しているのかもしれません」
「いまはサッカー選手だけど、サッカーをやめたときに「何も知らないただの人」にならないようにしなければいけないと考えています」
(『リセットする力』酒井宏樹、KADOKAWA、2018年)
「投資の本のおすすめは『[新版]』バフェットの投資原則」(ジャネット・ロウ/ダイヤモンド社)で、それ以外のテーマでいうと健康の原点を知るための『最高の体調』(鈴木祐/クロスメディア・パブリッシング)、語学をもっと上達させるための『速読英単語 中学版』(風見寛・編/Z会)などをよく読んでいました」
「小説はほとんど見ず、教養本ばかりを読んでいます」
(『DUEL』遠藤航)
この話を考えるうえで、やはり触れざるを得ないのが本田圭佑の存在である。日本代表のエースとして活躍していたタイミングでビジネスの世界に進出し、ブラジルワールドカップ後には本格的にその道に傾倒していった本田は、同世代の長友とは非常に関係が深く、また吉田とは名古屋グランパス時代の先輩後輩でもあり、酒井、遠藤ともブラジルワールドカップおよびロシアワールドカップで代表のチームメイトだった。
その本田と同じタイミングで日本代表を牽引した長谷部も、『心を整える。』で稲盛和夫、松下幸之助、渡邉美樹、勝間和代といった面々からの影響を受けていること、そして『超訳 ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2010年)が愛読書であることが語られている。いずれもビジネスパーソンにとってもお馴染みのラインナップである。
そして、この流れをさらにさかのぼると、我々は中田英寿の存在に辿り着くことができる。90年代後半における新世代のサッカー選手の象徴であり、海外組のパイオニアでもある中田は、「ベルマーレ(注:高校卒業後に入団した当時のベルマーレ平塚)に入ったばかりのころは、雑誌に広告が出ている通信教育に興味があって、よく資料を取り寄せたりした。ペン習字に始まって、行政書士とか、中小企業診断士とか」「サッカーしか知らない人間になりたくないし、いつも好奇心を持っていたい」(『中田語録』<小松成美 編著、文藝春秋、1998年>より)といった言葉も残している。セリエAのパルマに在籍していた2003年には東ハトの執行役員に就任したことも話題になった。中田と本田は2010年の南アフリカワールドカップ前に対談を行っていたが、特に本田や長谷部の世代のサッカー選手は中田からの影響を何らかの形で確実に受けていると言って差し支えないだろう。
自他ともに認める読書家である長谷部、自ら率先してビジネスを行う本田を直接の源流として、その向こう側に中田を仰ぎ見ながら、2010年代以降のサッカー選手たちは自身の成長を「身体+精神」ではなく「身体+精神+ビジネススキル」という形で定義するようになった。そして、サッカーバカを忌避するうちに、その理想の姿は「優秀なビジネスパーソン」に近づいていった(ビジネスパーソンであっても成果を出すためには身体と精神の充実が必須である)。
とはいえ、彼らは会社員として働いているわけではない。実地でビジネススキルを身につけるために長友のように起業するという選択肢もあるが、誰もが簡単にできることではない。そうなると、彼らがとる手段は独学で情報を得るということになり、結果的に一般的なビジネスパーソンと同じようなインプットを行うことになる。
こういった文脈を踏まえると、三苫の本で描かれる「メソッド」がいかにもビジネスパーソンらしいものになっている理由も見えてくるのではないか。アスリートとして圧倒的なパフォーマンスを残している存在も、時短コンテンツとライフハック術が氾濫する時代を生きている点では我々と同じなのである。
成長メソッドの相互乗り入れ
筆者は拙著『日本代表とMr.Children』(宇野維正氏との共著、ソル・メディア、2018年)および『ファスト教養』において、日本のサッカー選手に通底する自己啓発マインド、そしてそのマインドが表現されているビジネス書的なアウトプットについて継続的に論じてきた。本稿もその流れを踏まえて書かれたものである。
サッカー選手はオンザピッチの活躍でのみ評価されるべきで、彼らのプレー以外の言動にあれこれコメントするのも野暮だという声もあるだろう。筆者もその意見にはいちサッカーファンとして賛同できる部分はあるし、たとえば三苫が過去にどんな音楽を聴いていても(『VISON 逆算思考』にはそんな記述もある)プレーヤーとしての価値に影響を及ぼすことが全くないのは当然である。ただ、日本代表として国を背負って戦う選手たちは、今の出版市場においては「数字が計算できる自己啓発本の著者」としての横顔も持っている。本業での人気と知名度をバックにビジネスパーソンに対してメッセージを発する彼らのアウトプットを批評の対象として扱うことは、必ずしもアンフェアなことではないと筆者は考えている。
サッカーが日本社会においてアイコニックな役割を果たすようになったのは、1993年のJリーグ開幕前後からである。華やかにライトアップされたスタジアムと三浦知良やラモス瑠偉をはじめとするスターたちの自由奔放な振る舞いは、当時ある種の仮想敵として位置づけられたプロ野球が内包している「部活・坊主・縦社会」といった価値観を古臭いものとして追いやるパワーを放っていた。あれから30年、才能のある選手は若いうちから世界に羽ばたくことが一般的になり、チームとしての日本代表も世界の強豪といよいよ肩を並べるレベルに辿り着こうとしている。
日本サッカーが紆余曲折ありながらも基本的には右肩上がりでその地位を高めてきた30年間は、日本の社会がバブル経済の崩壊を経て本格的な停滞に突入していく30年間でもある。ビジネスパーソンは終身雇用の世界に安穏と身を置いていることは難しくなり、21世紀に入ってからは「自己責任」の掛け声とともに「常にスキルを高め続けること」が求められるようになった。そんな時代において、自身の実力でキャリアを切り開くサッカー選手たちの言葉が「成長へのヒント」としてビジネスパーソンから求められるようになったのはある種の必然でもある。
一方で、成功・成長のロールモデルとされるサッカー選手たちの価値観も、結局は自身の育った日本の社会のあり方に規定されている。2023年時点でサッカーシーンの最前線で活躍する日本人選手たちは、子供のころから目標の言語化とやるべきことの洗い出しを要求される世界観とともに育ち、日々厳しいトレーニングを積みながらも「サッカーバカになりたくない」という意識を偉大な先輩たちからうっすらと受け継いでいる。彼らが自身の活躍の秘訣を開示する際の言葉遣いがビジネス書の文法に完全にのっとったものになるのもまた、やはりある種の必然でもある。
ビジネスパーソンがサッカー選手の成長メソッドに耳を傾け、サッカー選手がビジネス書的な行動様式で成長と向き合う。成長という言葉を挟んで不思議な相互乗り入れが起こっているのが、2023年の日本の風景である。
(次回へ続く)
大学生や転職を目指す若手会社員、メジャーな就職先としてここ数年で一気に定着した「コンサル」。この職業が、若者に限らず「キャリアアップ」を目指すビジネスパーソンにとっての重要な選択肢となったのはなぜか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養』の著者が、「成長」に憑りつかれた現代社会の実像を明らかにする。
プロフィール
ライター・ブロガー。1981年生まれ。一般企業で事業戦略・マーケティング戦略に関わる仕事に従事する傍ら、日本のポップカルチャーに関する論考を各種媒体で発信。著書に『増補版 夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)。Twitter : @regista13。