大阪府立西成高校で2007年から開催されていた<反貧困学習>が、今年度よりバージョン2として再始動するということで、西成高校を訪ねたジャーナリストの黒川祥子さん。今回は、連載第1回で取り上げた「シングルマザー」問題に対して、参院選前に各政党にアンケートを送付。その回答について議論を行った。各党の答えと、それに対する生徒の感想はいかに?
2022年7月14日、大阪府立西成高校。安倍元総理が死亡したニュースも生々しい中、10日の参院選では自公が圧勝。その直後に、第8回「産業社会と人間(人権・反貧困)」が1年生それぞれの教室で行われた。
連載第1回で紹介したシングルマザーの学習を基に、反貧困学習を主導する肥下はシングルマザーの授業を基に生徒たちが完成させた質問項目を、6月22日に「西成高校1学年一同」の名で、9つの政党に「シングルマザー支援に関わる質問状」という形で送っていた。この日の授業は各党の回答を検討した上で、模擬投票を行うというものだった。
送った質問は、以下の6項目だ。
- シングルマザーの収入は低く、現在の児童扶養手当は不十分で額を増やす必要があると思いますが、どのように思われますか?
- 元夫で養育費を払っているのは2割程度とのことですが、養育費を払うような法律や制度を作る必要があると思いますが、どのように思われますか?
- シングルマザーに限らず、女性の賃金をもっと高くする必要があると思いますが、どう思われますか?
- シングルマザーは非正規率が高く、非正規労働者の賃金をもっと高くする必要があると思いますが、どう思われますか?
- 母子家庭の子どもでも進学できるように返済しなくていい給付型の奨学金制度を拡充する必要があると思いますが、どう思われますか?
- 企業や職場もシングルマザーが働きやすいような環境を作る必要があると思いますが、どう思われますか?
「児童扶養手当」「養育費」「女性の賃金」「非正規労働者の賃金」「給付型奨学金」「働きやすい環境」、この6つの問題について、1年生たちは全政党に意見を問いたいと、質問状という形で行動した。
私は今回も、1年5組にお世話になった。担任の中村優里が開口一番、「政党からの回答、きたよー」と呼びかける。
「いくつ、返ってきたん?」「全部来たぁー?」と矢継ぎ早に、生徒から声が上がる。
「9つの政党に送って、返ってきたのは8つ」
「返してないとこ、どこ?」
「れいわ」と中村が答えた途端、隣の席で期待に胸を膨らませている様子の男子から、こんな言葉が漏れた。
「信じられん。れいわ、オレたちをバカにしてんのか?」
そう言いながら私を直視するものだから、「いや、多分だけど、人数が足りなくて手が回らなかったんじゃないかな」と何故か、れいわ擁護。彼は畳み掛ける。
「演説、聞いたんや。西成区役所で」
「そうなの? どうだった? 言っていること、ちゃんと入ってきた?」
「うん! 山本太郎がおって……」
だから、れいわ新撰組からの回答がなかったことがショックだったのか(後日、れいわから期日に間に合わなかったお詫びと共に、回答が寄せられた。ゆえに質問状を送った全ての政党から、回答を得たことになった)。
高校生に、各政党はどう答えたのか
各党の回答が、「『シングルマザーにかかわる質問状』への回答集」としてまとめられ、冊子となって生徒に配られる。回答を寄せたのは自民党、立憲民主党、公明党、日本維新の会、日本共産党、国民民主党、社民党、NHK党だ。
回答集をパラパラめくった生徒たちから、すぐさま声が上がる。
「わけ、わからん」「漢字ばっかり」「むずっ!」「いや、読めんことはない」
中村が生徒の想いに応える。
「先生も難しいなーと思ってん」
「高校生が聞いているのに、高校生向けに書いてない!」と男子。一同拍手! 「そうだ!」と大きな声が上がる。
質問項目ごとに6つのグループを作り、5〜6人でテーマごとに回答を検討していく。立憲民主党は、全ての項目に「賛成です」と一行回答、理由は一切書かれていない。「これ、オレらをバカにしてんのか!」と男子。一方、国民民主党は候補者のチラシを送りつけただけで、質問には何も答えていない。
時間もない中で、回答の真意を読み解いていくのは大人だって難しい。たとえば自民党、児童扶養手当についての回答を見てみる。それはまず、こう始まる。
「児童扶養手当制度は、離婚によるひとり親世帯などの家庭の生活の安定などを目的とした恒常的な支援制度ですが、これまでも累次の改善等を実施してきたところです」
なぜ殊更、「累次」などという難解な言葉を使うのか。度重なる改善をしてきたと自民党は前置きするが、シングルマザー当事者である筆者として感じてきたのは「改善」ではなく、「改悪」だ。収入による手当削減、養育費は収入に認定する「改悪」などを累次、行ってきたのが事実だ。
その上で生徒たちの手当の増額の必要性について、自民党の回答はこうだ。
「児童扶養手当の更なる拡充については、現行の制度の趣旨目的や安定財源の確保といった論点を含めて検討する必要がありますが、ひとり親が中長期的に自立していけるよう、児童扶養手当だけでなく、就労支援や生活支援などの多岐にわたる支援を実施していくことが重要であると考えます」
何ともわかりにくく、高校生に寄り添おうとしない文章だろう。ここで言っているのは「児童扶養手当の増額はしない」ということだ。しかし生徒たちは児童扶養手当だけでなく、就労支援や生活支援もやってくれると取る。そう読むこともできてしまう文章の言い回しとなっている。
「児童扶養手当」の項目で、1年5組で最も高評価を得たのが共産、2位が自民、公明、維新、3位が立憲、NHKは×の評価だった。
高評価だった共産党の回答を紹介する。
「ひとり親世帯は142万世帯にのぼっています。内閣府の子どもの貧困調査で現在の暮らしについて「苦しい」「大変苦しい」と合わせたひとり親世帯は51.8%、母子世帯では53.3%にのぼります。(中略)児童扶養手当の制度改善については、①所得制限を緩和し第一子から拡充すること②第二子、第三子以降への加算額についても大幅に引き上げること③年3回だった支給が年6回になったが毎月支給へさらに改善すること④現行18歳までの支給を20歳未満にすること、などを日本共産党は要求しています」
非常に具体的で、児童扶養手当の問題の本質を掴まえている内容だ。
自民党と共産党と以外の回答を、質問項目に沿った部分のみ紹介する。
公明党
「ひとり親家庭については自立を支援するため、高等職業訓練給付金の特例の恒久化を検討するなど就労支援を充実すると共に、居住支援など総合的な生活支援策を拡充します。あわせて児童扶養手当の拡充を目指します」
立憲民主党
「賛成です」
日本維新の党
「出産費用と教育費用の無償化を行うなど、シングルマザーも含めて、子育て世帯に対する支援を今より手厚くすべきだと考えています。それが実現するまでの間についても、シングルマザーへの支援の拡充は必要であると考えています」
国民民主党
記載なし。
社民党
「シングルマザーの平均収入231万円は月に20万円未満です。家賃、光熱水費、食費などの必要経費を除けばぎりぎりの生活です。児童扶養手当は第二子からの減額分を見直し、額の増額を図るべきだと考えます」
NHK党
「不十分かどうかは生活条件によって差異があるので一概には言えません。その上で現状の給付水準を維持するべきだと考えます」
次は養育費だ。1年5組で高評価を得たのは自民と維新、次いで立憲、公明、共産、ここでもNHKは×をつけられている。高評価を得た、維新の回答を紹介する。
「養育費の支払いについて、国が立て替えた上で不払い者に強制執行できる制度を創設すべきだと考えています。また、主要先進国で法制化されている共同親権・共同養育について、DV被害者保護等、DVに対する施策の推進や法整備をしつつ、制度の構築を目指すべきと考えています」
問題の多い「共同親権」を主要先進国での法制化以外何の説明もなく、さもいいことのように回答に敢えて入れてくることが驚きだった。維新は共同親権を推進して行く考えだが、高校生への刷り込みのような印象が拭えない。
他の党の回答も紹介しよう。
自民党
「養育費の支払いは、子の成長にとって大変重要なことだと思います。離婚した父母間が適切な形で養育費の取り決めをするとともに、それが確実に履行されるような仕組みを作ることが重要だと思います。自由民主党としてもひとり親家庭の支援を強化することや、養育費の支払いを確保することなどを政府に提言しています」
立憲民主党
「賛成です」
公明党
「子どもの最善の利益を確保する観点から、子どもを養育費の権利者に位置付け、養育費の取り決めや取り立てに関する制度を抜本的に見直します。その際、当事者である子どもの意見を聞く取り組みも併せて実施します。離婚に関する相談支援体制の整備のほか、養育費不払いの解消に向けた養育費支援センターや地方自治体における養育費に関する相談支援の充実・強化、養育費支払い確保のための法改正に取り組みます」
日本共産党
「離婚後の子の養育費問題の解決は、ひとり親家庭の子の暮らしを改善する上でも重要だと考えています。スウェーデン、ドイツ、フランスなどで行われているように、国による養育費の立替払制度や養育費取り立てを援助する制度などの確立を提案しています」
国民民主党
記載なし。
社民党
「アメリカ、イギリス、オーストラリアなどは元夫の給与から天引きされ、フランス、スウェーデンでは国が立替払いをしています。養育費を滞納すると、運転免許の停止などのペナルティーがあります。日本にもこうした養育費を払う法律を作り、行政の建て替えにより、シングルマザーの生活保障をすべきです」
NHK党
「現状の民法上での対処に委ねるが良いと考え、養育費の不払いに限定するような法律は以下のところは必要とは考えない」
養育費について、各党の答えは様々だ。取り立てや建て替えに関する立法化を明確に訴えているところもあれば、制度改革や支援体制の拡充に止まる党と、「養育費は重要」としながらも、問題解決の姿勢には濃淡が見られる。その微妙に織り込まれている意図を、高校生どころか大人だって容易に見抜くのは難しい。
しかし、生徒たちは一つ一つの政党の回答を読み上げ、グループで熱心に協議していた。大阪だからか、維新の人気が根強いと感じる。「共産党は自衛隊に反対している」と、共産党への難色を私に直接伝えてくれた男子生徒もいた。給付型奨学金に共産党が「75万人」という数字(現在の奨学金利用者の半数)を示しており、その根拠を調べる女子生徒など、一人一人やりたいように調べたり意見を出したり、賑やかで活発な議論が教室では繰り広げられた。
1年5組の評価は出揃った。では、1年生全体ではどうなのだろう。
西成高校1年生が選んだ政党は?
模擬投票は1年生110名中、98名が参加した。その結果は……。
1位 日本共産党 33.7%
2位 公明党 21.7%
3位 自民党 15.2%
4位 日本維新の会 13%
実際の参院選とは全く異なり、西成高校では共産党が第1党となった。生徒たちはどのような視点で投票したのか。
「何でも取り組もうとする行動力が一番あるなと思いました。できる、できないではなく、やってみるという気持ちが大事だと思い、日本共産党を評価しました」
「たとえば、非正規労働者の問題で言えば、共産党は最低賃金を1500円に上げる、かつ大企業から税金を多く取り、中小企業のサポートを充実させると。共産党は、他より一歩も二歩も進んでいると思いました」
「児童扶養手当だけじゃなく、生活支援など多岐にわたる支援を実施して行くことが重要と書いていたので、自民党にしました」
「シングルマザーの人たちに寄り添っているなと感じたから、私は公明党を評価しました。いくつかの政党は否定的な意見もあり、この政党は現状を変えたくないのかなと思いました」
「社民党は具体的に答えてくださった上に、私たちの理想の日本社会に最も近かった政党だと思いました」
「日本共産党は他の政党と違って、児童扶養手当の引き上げや給付型奨学金など国民を第一に考えてくれているため、僕は日本共産党を一番評価しました。僕の家もシングルマザーなので、シングルマザーについてここまで考えてくれていたのでありがたいと思いました」
生徒たちは他者に振り回されることなく、自分の判断基準を持ち、ここだと納得した党に投票していた。感想からは、批判的視点もきっちり読み取れる。
一連の授業を終えた肥下はこう語る。
「架空の政党を作って投票する授業もあるが、それは言ってみれば、投票箱に用紙を入れるという、投票の方法を学ぶだけでちっともリアルじゃない。リアルを扱わない限り、意味がない。ちょっと前まで政党名すら知らなかった子たちが、政治は自分たちの生活に身近なところにあるのだと、ものすごく実感できた。あの子たち、興味がなかったら参加しない。授業は寝るし(苦笑)。質問状も模擬投票も、彼らはやりたくてやっている。各政党が答えてくれたことは、自分らにとって、誇らしいことでもあるんやな」
確かに、自分たちの質問に各政党が回答を返してくれたことは、喜びであると同時に大きな手応えを感じたに違いない。これまで政治なんて、生活のどこにも関わってこないもののはずだった。しかし今、前とは全く違う地平に彼らは立つ。
「とにかく、気づきが大事。シングルマザーの学習でも、こちらは国がおかしいなんて一言も言っていない。シングルマザーの置かれている状況を統計などで伝えた時、彼らが『児童扶養手当の額が少ない。これって、国がおかしいんちゃう?』と自然に思ったのは、その前に生活保護の学習をしているから。憲法25条があり、生活保護は当然の権利だということを学んでいるので、8割のシングルマザーが働いているのに生活が苦しいという現実知った時、国や社会への疑問や批判が生まれたと思いますね」
確かに生徒たちの感想には、国や養育費を払わない元夫、シングルマザーを差別する社会全体への素朴な疑問が率直に表れていた。そして誰一人からも、シングルマザー個人を責める声は聞かれなかった。
肥下が目指すのは気づきと同時に、どうして行くかということだ。
「シングルマザーの置かれている現実はおかしいと気づき、じゃあ、自分たちはどう行動していったらいいのか。そのことを考えるきっかけに、今回の学習は間違いなくなったと思う」
西成高校1年生は「質問状」という形で、シングルマザーの学習から見えてきた問題を全政党に提起し、その真意を質した。ここで生徒たちは「おかしい」と気づいたら、社会に対して行動して行くことを知ったのだ。行動すれば、何かが変わる可能性がある。少なくとも何もしないで「しょうがない」と諦めている日常とは、異なる一歩を踏み出しのだ。「子ども」だからと政治をオブラートに包むのではなく、「リアル」を伝えれば、彼らはきちんと世の中を見る力を持っている。
肥下は言う。
「とにかく、アクションを起こすこと、この第一歩は大きい。この学習を通し、批判的な目が育ってほしい」
子どもの貧困が叫ばれて久しい。学習支援も子ども食堂も給付型奨学金も全て、貧困の連鎖を断ち、子どもが自分の人生を意義あるものとして全うするには必要なものだ。シングルマザーへの支援拡充も、ひとり親世帯の子の育ちには欠かせない。しかし、それが全てだろうか。<反貧困学習>は子どもの主体に働きかけ、その主体を育て、社会や状況に対する批判的な眼差しを養うものだ。このような目的を持った体系的学習は日本全国、他にはないだろう。その意味で、西成高校の先駆性に学ぶところは大きい。
1学期に西成高校1年生はシングルマザーの学習を通し、自らが状況を変える主体として行動することを知った。1学期の最後には、地場産業である「西成製靴塾」代表の話を聞く授業が行われ、これをきっかけに9月中旬に日本初(いや、世界初らしい)「靴づくり部」が西成高校に発足、活動を開始するという。
2学期の<反貧困学習>は、自分達の足元を見つめる「西成学習」が中心となるようだ。日雇い労働者の街・釜ヶ崎の日雇い派遣労働は今や当たり前のものとして全国化し、コロナ禍も加わり、貧困問題が全国の子どもたちにとって切実極まりないものとなっているからこそ、先駆的試みである<反貧困学習>の重要性が増している。
1年5組の生徒たちが1年間、<反貧困学習>を通してどのように変わって行くのか、教室の隅で引き続き見守りたいと思う。
(了)