大阪府立西成高校。「西成」という、差別や貧困など社会問題が凝縮される場所にある同校で2007年、全国のどこにもないオリジナルな授業がスタートした。<反貧困学習>だ。西成高校の生徒たちに否応なく覆いかぶさる「貧困」という現状に、正面からアンチを突き付ける<反貧困学習>の目的はただ一つ、「貧困の連鎖を断つ」こと。
数年途絶えていた<反貧困学習>が今年度より、“バージョン2”として再開されると聞き、2022年5月より、西成高校で取材を開始した。
1学期の<反貧困学習>はシングルマザーの貧困の構造を学んだ生徒たちが、参議院選挙を前に、主要9政党に「シングルマザーに関する質問状」を送り、それぞれの回答を読み込み、どの政党を支持するかの選挙も行った。その一部始終は既に、お伝えした。
2学期のテーマは、自分たちの足元を考える「西成学習」だ。「西成学習」とは一体、どのような内容で構成されているのか、生徒たちの反応はどうなのか。今回も前回同様、1年5組にお邪魔し、ちょっとだけ顔見知りとなった生徒たちに混じって、教室の隅で授業に臨んだ。
中学校の先生自身が「西成高校」に対して差別発言!
2022年10月13日、久しぶりの登場に生徒たちの何人かが、顔を見て恥ずかしそうに微笑んでくれる。
今回訪ねたのは、西成学習3回目の授業だ。
「西成」とは、大阪市西成区の北西部のことを指す。大阪市西成区には「日本最大の都市部落」と言われる被差別部落があり、隣接して日本最大の日雇い労働者の街・釜ヶ崎(あいりん地区)がある。
戦前、1923年に済州島と大阪の間に直行便が就航されて以降、多くの朝鮮人が大阪に渡航、西成区に暮らし始めたことで、在日コリアンの人たちも多く居住する。
それぞれに困難な課題を抱える人たちが暮らすこの土地は、部落差別、民族差別、寄せ場の日雇い労働者差別など、さまざまな差別と偏見が凝縮された場所でもある。
2学期の始めに製靴産業と部落差別について学んだ生徒たちは、被差別部落出身の高齢者には、家が貧しく小学校にもいけなかったため読み書きに困難を抱える人もいることを知った。
こうした被差別部落の差別問題とそこに生きる人々についての学習に続き、今回は、「西成差別」がテーマだ。それは生徒たちが当事者となる授業でもあった。
西成高校は、西成区唯一の全日制普通科高校だ。「西成」という<レッテル>を背負う生徒たちは、世間のどんな視線に晒されているのだろう。
ポンポンと軽やかで明るい口調の担任、中村優里(27)がプリントを配る。反貧困学習は毎回、前回の授業を振り返った後に、今回のテーマに入るという構成になっている。
前回は、60歳から識字教室に通った被差別部落出身の女性が、銀行でお金を引き出すのに、文字が書けないばかりに引き出せなかった悔しさを自分の文字で綴った作文を読んだ。その女性は家が貧しくて小学校に行けず、家の手伝いをしてきたので読み書きができなかった。
毎回、生徒たちには感想を書く時間がたっぷり用意されているが、この授業でのテーマは、「悔しかったこと」。中村が読み上げて行く。
「自分の努力が社会に認められないことが悔しいのはわかります。私は今でも書けない漢字が多く、(でも)他の人たちには書ける。自分にとっての普通と、相手にとっての普通が違うと思うのは悲しいと思います」
作文を書いた被差別部落出身の女性と、同じような思いを抱えている生徒がいた。
「あのなー」と中村が、明るく問いかける。
「今、廊下にいる肥下先生にも悔しいこと、あってんて。読むよー。15年前に中学校の先生たちに西成高校のアンケートをやったら、『西成高校は不良の集まり。先生も全員、入れ替えろ!』という回答があったって」
男子生徒が一言、「クソや!」。
肥下彰男(63)は2007年、西成高校で「反貧困学習」を始めた教員だ。今年度から始まった“バージョン2”の教材も、全て肥下の手によっている。
廊下にいた肥下が教室に入ってきて、“その後”を話す。
「ひどいやろ。当時だって真面目な生徒はたくさんいたし、先生たちも頑張っていた。だから、『書いた先生を出せ、喋らせろ』って中学校の校長に言いに行った。なのに、その先生を出さへんかった」
女子生徒が「ひげちゃーん」と、うれしそうに肥下を見ている。
「ひどいよなあ」という肥下の言葉に、みんながうなづく。
「中学校の先生や。大人が、書いてんねん」
男子生徒が声を上げる。
「ほんま、そっちのレベルの方がひどいやん」