短期集中連載 ルポ 大阪府立西成高校<反貧困学習>の現場 第5回

「知識量を問うより大事なことがある。楽しいと思える学校作りを目指します」

黒川祥子

貧困のスパイラルを断ち切るために何をすべきか

 ここから2学期最後のテーマ、「貧困のスパイラル」の学習が始まった。中村が説明する。

「貧困って、親の世代の貧困が子どもの世代に連鎖され、出るのが難しい貧困スパイラルになってしまうわけで、なぜ、これが起こってしまうのか、これは班で考えるよ。プリントの空欄に、語群から当てはまるものを入れて、完成させて」

 生徒たちは5〜6人の班になり、「低い収入」「小学校に行けない」「安定した仕事に就けない」「低学力になる」「勉強できる環境がない」「教科書が買えない」「読み書きができない」「高校への低い進学率」の語群を付箋に書き、空欄に当てていく。

これが完成した、貧困のスパイラル図。貧困は三世代前の祖父母世代から始まり、生徒たちの年代をも飲み込もうとしていることが図からわかる

「先生、むずいよ」の声もあるが、それぞれが落ち着いて取り組んでいる。私も挑戦したが、じっくり考えないといけない問題だ。

 スパイラルは、祖父母の3世代前から始まる。「貧困」ゆえ、教科書が買えず、小学校に行けないため、読み書きができず、安定した仕事につけないため、低い収入しか得られず「貧困」となる。次が、親の世代だ。「貧困」ゆえ、勉強できる環境がないので、低学力となり、高校への低い進学率につながり、安定した仕事に就けず、低い収入しか得られず「貧困」となる。それはさらに、生徒たちの世代へと続いていく。

 ああでもないこうでもないと付箋を移動し、班の意見をまとめて行く。それは、貧困の世代間連鎖の構造を考え、学んで行く行為に他ならない。最終的に、「なるほど」と納得の解答に、生徒たちは辿り着く。

 ではこれまで、スパイラルを断ち切るため、日本社会がしてきたことは何か。「義務教育の無償化」、「教科書の無償化」、「公営住宅の建設」、「住宅手当」などをあげ、最後に「高校への低い進学率」について、プリントはこう締めくくった。

「西成区にはかつて普通科高校がありませんでした。そこで『地元に普通科高校を』と地域の人たちの4万人の署名で、1974年に設立されたのが(西成高校)です」

 この日の感想のテーマは、西成学習を通して考えたことだ。

「私はずっと西成に住んでいるので、あまり怖い所というイメージはなかったのですが、西成について勉強して行くうちに怖いと言われる理由などを知ったけど、私はそうは思わなかったし、ホームレスの方達に暴力を振るう人がいると聞いた時には、暴力をふるう人たちの方が怖いと思いました。私はより西成について知れて学べて、とても理解が深まったし、この学習で西成をより好きになりました」

「西成という地域についてや、貧困の問題を学び、まだまだ日本には課題があるんだなと感じました。こうして学習していくことで、わたしたちが向き合っていかなければならないことを伝えて行くのはとても大切なことだと思います」

「いろいろと学びましたー! 自分の知らないことがいっぱいで、この時間で知れました!」

「すごくうまくつながってしまっていると思います。今やっと、勉強の大切さがわかった気がします。勉強頑張ります」

 反貧困学習を主導する教諭、肥下彰男は2007年に初めてこの学習を行った時、生徒たちから「先生は私たちのこと、大人扱いしてくれた」と思いもしない反応を得た。

「『子どもだから、こんな話はせんとこう』ではなくて、生のこと、今起こっていること、生活のことをちゃんと話して行くことは、あの子らにとって大人扱いをしてくれることだった。今までそうされてこなかった、知りたいのに、見えなくされていたんだと」

 今年の1年生もそうだった。単なる知識を得るだけの勉強ではなく、自分達につながる問題だからこそ、学ぶ楽しさを知ったのだろうか。そして問題の構造を知ることで、生活の延長では見えてこない、より広い世界へと視界が広がったのだ。

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プロフィール

黒川祥子
東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)など。息子2人をもつシングルマザー。
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