【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第四回

「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①

金時鐘 × 青木理

部落差別と在日朝鮮人差別は違う

――時鐘さんは1950年代から大阪の朝鮮詩人集団「ヂンダレ」に参加し、朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)などを公然と批判していましたからね。そのあたりの話も後でぜひうかがいたいのですが、まずは日朝首脳会談前後の日本と朝鮮半島の関係について聞かせてください。日本の政治家や民衆が本音の部分でどう思っていたかはともかく、戦後日本は中国や朝鮮半島との関係において、先の大戦や植民地支配への自省や自責の念を抱え、それを示し続けることを求められてきました。至極当然のことだったと僕は思いますが、逆にいえば、韓国や北朝鮮の問題点、特に北朝鮮についてはイデオロギー論争なども絡んでタブー感に包まれ、率直に語ることがはばかられるような状況が続いたのも事実だと感じます。

金時鐘 まず韓国ですが、長く軍事政権下にあったわけです。しかも、韓国で繰り広げられた30年近い民主化要求運動というのは日韓の条約、日韓会談に対する反対運動がはじまりでした。

――1965年の日韓国交正常化に向けた両国の交渉ですね。当時の日本の首相は佐藤栄作、韓国の大統領は軍人出身の朴正煕(パク・チョンヒ)。冷戦体制下、両国の保守政界は水面下の太いパイプでつながれ、米国などの意向もあって、一種の政治的妥協として国交正常化は成し遂げられました。だからこそ、いまなお両国間の火種になり続けているわけですが。

金時鐘 その朴正煕政権があまりにも凶暴、強圧的な政権だったため、北への好感度は決して高くなかったにもかかわらず、軍事政権の朴正煕に比べればまだマシというか、北も実は相当にひどかったことが後にわかるわけですが、南と北を同等に扱えないという雰囲気があったわけです。日本の主流メディアもおおむねそうでした。一方の日本はどうかといえば、全国に燃え広がった学園紛争もちょうど同じ時期のことです。

――60年安保闘争から全共闘運動の時期ですね。

金時鐘 そうです。1960年から70年代を通じ、あの一連の学園紛争は確かに人権意識を高める役割を果たしました。その直後の1973年、私は兵庫県の公立高校の社会科の教員になったんです。朝鮮人の教員がきたというので、朝鮮語の授業を正規化する運動が起こり、1975年の新学期から「朝鮮語」が正規の教科となりました。この授業は現在も湊川高校で続いています。同じ時期、差別は絶対に許さないという「解放教育」の実践運動が兵庫県の教員組合のなかから提起されて、私もそこに加わりましたが、当初から部落差別と民族差別が同一視されていた。しかし私は、部落差別と「民族差別」でくくられている在日朝鮮人差別は違うものだと指摘していました。

――というと?

金時鐘 部落差別というのは、日本人自身が抱えている日本人の問題です。在日朝鮮人……、私は総称としての「朝鮮」にこだわっていますので、南北分断を当然視する「韓国・朝鮮」などと並記することを嫌っていますが、在日朝鮮人に対する民族差別というのは、もちろんそこには歴史認識の問題なども絡んでいて、よしんば日本人1億2000万の総懺悔を取りつけたとしても、朝鮮人の問題は朝鮮人の問題として残る。心ない日本人の心ない仕打ちによって蒙(こうむ)る私たちの不幸よりも、同族同士でありながら向き合えば歯を剝き、相手の意見を聞かずに反目しあっていることの方が、より不幸なことです。ですから部落差別と民族差別は同等には扱える問題ではないんです。

――同族同士のいがみ合いなどはもちろん問題でしょうが、特定の人びとをひとくくりにして差別の対象にするという意味においては、部落差別と在日差別は共通する面もあるのではないですか。

金時鐘 いや、部落差別というのは、日本人自身の意識が先に関わる問題です。もちろん、朝鮮人に対する差別も日本人の意識に関わるものですが、これは植民統治を強いた側と強いられた側との関係が持続するなかにおける日本人と朝鮮人の問題であり、部落差別は日本人対日本人の問題です。従って、意識の覚醒の方法という点も違う。もっとも悪し様に朝鮮人をののしっていたのは、実は部落の人たちでもあったのです。

――なるほど。悲しむべきことですが、虐げられた者がむしろ虐げる側にまわってしまうという面は、確かにあるのかもしれません。

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【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

金時鐘 × 青木理

 

金時鐘(キム・シジョン)
1929年釡山生まれ。詩人。元教員。戦後、済州島四・三事件で来日。日本語による詩作、批評、講演活動を行う。著書『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)で第42回大佛次郎賞受賞。『原野の詩』(立風書房)、『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー)他著作多数。『金時鐘コレクション』全12巻(藤原書店)が順次刊行中。共著に佐高信との『「在日」を生きる』(集英社新書)等がある。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

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「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①