【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第四回

「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①

金時鐘 × 青木理
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近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。

同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。

これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

 

第四回 「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、
黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」
在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①

 日本社会にどす黒く広がる排他と不寛容の病。その背景として、政や官が長年にわたってそうした風潮を煽ってきたことも大きい、と語ったのは前川喜平氏だった。自身も文部科学省のキャリア官僚として事務方トップの事務次官まで務めた前川氏はそれを「官製ヘイト」と呼び、教育分野では古色蒼然とした「道徳」や「愛国」の押しつけが集団主義や少数者排除の気風を強め、朝鮮学校などはその最大の被害者ではなかったか、とも指摘した。
 では、まさにその標的として差別やヘイトの暴風にさらされてきた在日コリアンの側は、これをいったいどう捉えているのだろうか。詩人・金時鐘氏に会うため、私は奈良に向かった。

 金時鐘氏のプロフィールは一応別に掲載するが、あらためて詳しく紹介する必要などないのかもしれない。在日コリアンを代表する詩人――いや、現代日本を代表する詩人の1人であり、植民地支配下の朝鮮半島で生まれ、青年期には「済州島4・3事件」に関わり、辛くも生き残って以後は在日コリアン一世(年齢的には二世に属する)として日本社会と在日コリアン社会の戦後史をつぶさに目撃しつづけてきた。
 今年でもう90歳になるというのに、現在暮らす奈良のホテルで会った金時鐘氏は、とてもかくしゃくとしていた。話ぶりは穏やかだが、時に厳しい視線を私と編集者に向け、時に辛辣な言葉で憤りをあらわにした。記憶によどみなどは一切なく、数時間に及んだインタビューの話題は、南北朝鮮の歴史から日本の政治と社会の問題点、そして在日コリアンに向けられた差別の実相に至るまで多岐にわたった。

 以下、インタビューの内容を3回に分けて紹介したい。その中身は、いかなる国家や組織にもまつろわぬ孤高の在日コリアン詩人が自ら体験した朝鮮半島と日本の戦後史であり、私たちが知らなかった、あるいは知ろうとしなかった数多くの事実を含んでいる。また、仮に知っていたとしても、そんなものはどこまでも表層的な知識に過ぎず、この国にやむなく暮らすことになったディアスポラがいかに苛烈な境遇を甘受させられてきたかをあらためて痛感させることになるだろう。それはすなわち、「戦後民主主義」などと肯定的に表されることの多いこの国の戦後の暗部を逆照射することにもつながるはずである。

北朝鮮による日本人拉致問題が、“朝鮮嫌い”を激化させた

――最近の日本では排他と不寛容の風潮が強まり、ネットばかりか街中で公然とヘイトスピーチをがなる連中まで現れました。書店にもヘイト本や自国礼賛本の類が山積みです。こんなものは一部の連中による一時の風潮と考えたいのですが、現在の政権も明らかにそれを煽り、先導し、ヘイト言説を撒き散らしている連中が現政権やその支持層と重なっているのは深刻な状況でしょう。時鐘さんは率直にどう受けとめていますか。

金時鐘 近年の政治的な動向で言うと、北朝鮮による日本人拉致問題が、あからさまな“朝鮮嫌い”を激化させました。5人の被害者の方々が戻ってこられたのは2002年でしたね。

――ええ。史上初の日朝首脳会談が実現したのは2002年の9月17日でした。拉致被害者のうち5人生存、8人死亡という北朝鮮側の通告は衝撃的でしたが、金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時)が拉致を認めて謝罪し、5人の被害者が帰国を果たしたうえ、日朝が国交正常化を目指すとうたった平壌宣言に署名したのは、戦後日本と朝鮮半島の関係においても、日本が珍しく独自外交を繰り広げたという意味でも、なかなか画期的だったと僕は思うのですが。

金時鐘 でも私はね、あんな愚にもつかぬことをやるはずがないと、いかに頑迷な国でもそんなことまでするはずがないと、長くそう強弁を張っておったものですからね。

――日本人拉致のことですか。

金時鐘 そう。以前から北朝鮮に共感する思いなどまったく持ち合わせておりませんでしたが、現実に拉致を認め、被害者の方々が帰ってきたことには強い衝撃を受けました。拉致の理由についてメディアなどでは「日本の言葉や習慣の教育係が必要だった」などという情報も伝えられましたが、こんなものはまったく馬鹿げた話でしてね。10万人近くにのぼった北への帰国者の中には、日本人妻と呼ばれる人びともいて、中には大学で講義をしていた知識人の婦人だって少ながらずいたんですから。

――1959年にはじまった在日朝鮮人の帰国事業は1984年までつづき、北朝鮮にわたった在日朝鮮人は合計で9万3万人あまり、このうち6700人ほどは日本人の配偶者だったと記録されていますからね。そうした方々の中には北朝鮮で飢餓や貧困に喘いだり、政治的に迫害を受けたり、近年は北朝鮮を逃れる脱北者も多くいて、これ自体が重大な人権問題なわけですが……。

金時鐘 そうです。しかし、日本の習慣や言葉を学ぶというなら、そういう方々を介していくらだってできる。なのに、なんでそんなアホなことをするのかと私は強弁しておったわけです。その自分の不明が恥ずかしくて、絶望して、5人が帰ってこられたとき、毎日新聞の電話インタビューでも率直に「許しがたいことだ」とコメントしました。

――データベースを調べてみると、時鐘さんの談話は会談の翌日、9月18日付の朝刊に掲載されています。「暗澹たる思いだ」ではじまる記事は、「同じ民族として本当に恥ずかしい」「北朝鮮の行為は愚劣で、許せない」、そして「戦前の日本と朝鮮半島の関係に、まず日本人が謙虚になってほしいという思いも吹っ飛んだ」とまで語られています。

金時鐘 そこまで言うのかという批判も、方々から相当に受けました。かつての日本は200万人からの朝鮮人を強制連行、強制徴用したじゃないかと。なのになぜ、日本の肩を持つようなことを言うのかと。金時鐘ともあろうものが、いったいなぜそこまで言うのかと……。
 しかし、仮に拉致被害者が数人、数十人だとしても、拉致などという行為は特定国家による許しがたい国家暴力です。戦前の強制徴用、強制連行については、日本の教科書的な記述で認められているのは70万人ほどのようですが、よしんば70万人だとしても、それは朝鮮民族の民族的受難史の記録です。特定国家による国家暴力と同等に扱って相殺するような発想自体、私には到底寄りつくことのできない論法です。

――お気持ちはわかりますが、一方の日本はどうかといえば、時鐘さんがおっしゃったように、異様なほど北朝鮮憎しの風潮に……。

金時鐘 5人の被害者が帰り、8人が死亡したと伝えられたことで激震が走り、日本列島がゆらぐほど北朝鮮非難一色に染まってしまいましたね。あの当時は小泉政権でしたが、いまの安倍首相は……。

――小泉政権の官房副長官でした。

金時鐘 そう、官房副長官で、平壌まで彼は同行していた。このあたりは青木さんがお詳しいでしょうが、彼はそれを契機に日本の戦前回帰のような風潮をかき立てる役割を果たしました。北朝鮮の脅威を口実にして、安全保障関連法もそうだったし、自衛隊の軍備強化なども進め、一昨年の解散総選挙も北朝鮮の脅威を理由にして……。

――「国難突破だ」と。

金時鐘 ええ。彼が北朝鮮への反発を掻き立てたことと在日への攻撃が一緒くたになって、いわゆる嫌韓ムードであったり、ヘイトスピーチをがなる連中までがはびこりだしてしまいました。一方で北朝鮮……正確に言うと長ったらしい国の名前……あの「民主主義」は取ってほしいんですが、朝鮮民主主義人民共和国という国から、私は向こうの作家同盟などから激しい政治批判を受けていた身ですからね。

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近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

金時鐘 × 青木理

 

金時鐘(キム・シジョン)
1929年釡山生まれ。詩人。元教員。戦後、済州島四・三事件で来日。日本語による詩作、批評、講演活動を行う。著書『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)で第42回大佛次郎賞受賞。『原野の詩』(立風書房)、『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー)他著作多数。『金時鐘コレクション』全12巻(藤原書店)が順次刊行中。共著に佐高信との『「在日」を生きる』(集英社新書)等がある。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

 
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