【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第四回

「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①

金時鐘 × 青木理
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Clip to Evernote

帰化というのはまるで恩典のような扱い

金時鐘 それにあの当時、在日朝鮮人同士のなかでも、いわゆる帰化という問題が、引きつづき日本で暮らしてゆくという定住の問題と絡んで表立ってきました。それまでは帰化する……つまり日本人になってゆく人たちを同族の間で軽蔑していたんです。いまはもうおおっぴらになっていますけどね。在日朝鮮人はもう往年の半数にも充たない30数万といったところです。それほど帰化した人が多くなってしまっています。

――特に最近は増えているようですね。

金時鐘 その日本国籍を取るにあたっても、差別の根の深さは如実ですよ。帰化というのはまるで恩典のような扱いになっていて、日本国籍を申請するにも条件が非常に厳しいんです。肉親に犯罪者がいてはならないとか、長期の疾病者であってはならないとか、納税をしているかどうかはもう基本条件で、かつては「窓口指導」というものまであったんですから。

――窓口指導?

金時鐘 つまり市役所とか区役所とか町役場で、帰化申請の認可にあたって指導を受けるんです。そこで日本人らしからぬ名前だと日本風に変えさせられたり。しかも臭いのきついものは食べてはいかんとか、要するにキムチやホルモンなんかは食べてはいかんとか、そんな指導まで受けていた。

――信じがたい話です。まさに「官製ヘイト」じゃないですか。

金時鐘 さすがにこれは在日朝鮮人で市民運動をやっていた若者たちが抗議して、現在は窓口指導というのはなくなりましたがね。それに帰化条件も近年になって、かなり緩和されてきてはいます。でも、たとえば70年代前半ぐらいまでは、信用組合の取り引きひとつ簡単にはできませんでした。保証人を2人は立てねばならず、そのうち1人は日本人じゃないといけない。そんな保証人になってくれる日本人はなかなかいませんよね。

そういう生活、そういう扱いを一貫して受けていると、日本国籍を取った者は、日本人以上に日本人ぶるんです。同胞が多い集落から離れ、建売住宅みたいなものを手に入れ、日本人以上に日本人ぶって生活するようになる。しかし、国籍選択の自由というのは人間の基本的な権利ですからね。隠すことではさらさらないのに、植民地統治という歴史のしがらみがあって、日本人への帰化がうしろめたくなる。

――ええ。そのあたりの人権感覚も、同じ敗戦国のドイツと日本は雲泥の差です。ドイツの場合、併合していたオーストリアの人びとに国籍選択権を付与しました。ところが日本は戦後、法務府(現在の法務省)の局長通達1本で、台湾や朝鮮の人びとから日本国籍を一方的に剥奪してしまいました。しかも、日本国籍取得には異様なハードルを課してきた。そうした史実や実態も知らず、バカな連中は「日本が嫌なら朝鮮半島に帰れ」とか「日本にいたいなら帰化すればいい」などと言い放つ。最近も僕の友人の在日コリアンが悩み抜いた末に日本国籍を申請したのですが、あっさりとはねつけられてしまったそうです。どうやら父親が朝鮮総聯の元幹部で、北朝鮮に何度か渡航していることなどが理由のようですが……。

金時鐘 だから隠すんです。朝鮮人として生きることが苦しく、辛いから帰化して日本人になろうとするわけですが、それはそのまま、朝鮮人として生きることを苦しく、辛くさせている側へひょいと鞍替えすることでもあるのです。それが在日朝鮮人の帰化だった。新日本人として市民生活のなかで息を潜め、周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るときも黙って相槌を打たなくちゃならんような立場の人間になってしまう。

 私が高校教師をしていたころ、定時制を卒業した在日朝鮮人の生徒がおりましてね。彼は本名を名乗っていましたが、親父がいなかったので、長男の彼がトラック助手として稼ぎながら学校に通っていて、トラック運送の仕事は終業時間に決まりがないものですから通学は欠席がちになる。それで卒業まで7年もかかって。その彼が卒業式の総代として答辞を読んだんです。「本名で生きないということは、酒を飲んでも酔えないということだ」「朝鮮の悪口を散々言われても、俺たちは相槌を打たなならんねん」といった内容で、彼は涙でしゃくりあげながらその答辞を読んで……。あれには泣きました。

(つづく*第五回は7月18日アップ)

 

 

「在日」を生きる

 

スノーデン 日本への警告

 

メディアは誰のものか――「本と新聞の大学」講義録

 

1 2 3
 第三回
第五回 
【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

金時鐘 × 青木理

 

金時鐘(キム・シジョン)
1929年釡山生まれ。詩人。元教員。戦後、済州島四・三事件で来日。日本語による詩作、批評、講演活動を行う。著書『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)で第42回大佛次郎賞受賞。『原野の詩』(立風書房)、『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー)他著作多数。『金時鐘コレクション』全12巻(藤原書店)が順次刊行中。共著に佐高信との『「在日」を生きる』(集英社新書)等がある。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く①