平成消しずみクラブ 第14回

病んで候う

大竹まこと
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 意味のない案山子のように、路上に立ち尽くしていると、なぜここにいるのかが曖昧になってゆく。アスファルトは、陽を蓄えて陽炎のように歪んでいる。それはいつもの薬の副作用、目眩かもしれない。

 私は判断ができない。井の頭公園に通じる細い道だと思うのだが、それも定かではなくなって、頭の中に白い雲が沸き上がり、目は大きく見開いているつもりだが、そこにも靄がかかって、白くなってゆく。全部白くなってゆく。地べたが近づいてくる。

 アスファルトにこもった熱気が左半身に伝わってきた。「焦げちゃうぞ」

 誰かが私に叫んだ。いや、それは私の声だったのかもしれない。

「エイ」

 と声を出して体の向きを直す。雲の隙間の青空がまぶしい。口から笑みとよだれがこぼれた。

 前向きなただの散歩であったが、あらぬ場所にきてしまった。

 私はどこを歩いているのか、いつも細い尾根をバランスをとりながらうまく歩いてきたはずなのに。

 

 つげ義春の『無能の人』では、川原をさまよう中年の男が出てくる。

 多摩川の川原に落ちている石を拾い集めてなんとか売ろうとする。二年もかけて、型の良い石を集めていた。石にはそれぞれ名前がついている。

 雲、風、孤舟。両の手におさまるぐらいの孤舟は五〇〇〇円である。

 男は同じ露天商の男にこう言われる。

「おれもいろんな売人みてきたけどよ」

「元手のかからねえ商売なんてみたことねえな」

 そして、男は妻に虫けらと罵られる。

 男は息子にこう言う。

「うんそうだ 虫けらとは父ちゃんみたいなものだ」

 

 いつもは七~八分で着くコンビニに随分と時間がかかってしまった。

 顔なじみのベトナム人の若者が独特なイントネーションで「いらっしゃいませ~」と声をかけてくれて嬉しい。

 目が合って笑いかける。

「また来たか」

 余計なお世話である。リアルな日常に人は救われることがある。

 イート・イン・スペースでコーヒーを飲む。コーヒーのカップだけをもらって後は全部自分でやるのだが、ここのコーヒーはうまいと思う。しかも一〇〇円だ。

 入院中、隠れてタバコを吸ったのだが、すぐにバレて、担当医と看護師にひどく叱られた。妻も頭を下げた。情けない。窓まで開けて、細心の注意を払ったのだが、窓を開けた分、通路側に匂いが漏れたらしい。

 あやうく追い出されるところであった。

 しかし、ここのコンビニには外ではあるが、ちゃんと灰皿がある。

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平成消しずみクラブ

連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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