平成消しずみクラブ 最終回

君は誰かね

大竹まこと
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    若い人たちは、一月に成人式を終えた。
 そして、多くの若者がこの四月に社会人になる。家の事情、心の問題で、社会に出るのが遅れている人もいるだろう。
 しかし、この国はなぜか一斉に新卒者を迎える。若者たちは、リクルートスーツに身を包み、何十社も訪問し、やっとの思いで、この社会の一員となる。どれだけ、心の折れた若者がいたのか、私に知る術はない。
 しかし、この社会に船出する輝かしい未来があることを誰もが願っている。
 この年寄りは、その若い人たちに何か助言なるものを与えたいと思うが、今日まで無駄に禄を食んできた私が一体何を伝えればよいのか、ぴたりと筆が止まった。

    親の忠告や先生の助言、すべてを無視して、大学は一つだけしか受けなかった。その大学もハナから高望みであり、見事に落ちた。
    大学に行けず、予備校に通う金まで使いこんで身動きが取れない私は、手書きのアルバイト募集を見つけ、銀座の外れにあるスナック「リンツ」で若いマスターに拾ってもらった。
    マスター(店主)は当時流行っていたボウリングに凝って、シューズやボウリングの球まで、自前で揃えてよく店を空けた。
    十八歳の私は、いきなり飛びこんだバイト先で、なんの修行もせず、勤め始めて二週間もたたないうちに、見よう見まねで、カニピラフや生姜焼きなどを作って出した。客はなぜ文句一つ言わなかったのか、いまだに謎である。
    ずいぶん前に、スナックのある路地を車で通ったが、もうそこに店がなかった。四十年以上前の話しだ。なくて当たり前かもしれない。
    拾ってくれたマスターにいつか御礼をと思っていたが、その機会はなかった。
    店には常連客が何人もいた。マスターがいない時、客は私の腕をみてやろうと思ったのか、試そうとしたのか、店の名物であるカニピラフをよく注文した。
    何回も作るうちに、最後に入れるカニ缶の身が味の決め手になると気づく。缶から右手で一握りすくう。身の水分を手の握り加減で調整する。多くても少なくてもいけない。本当にうまくいったときは、左手で回すフライパンの上を踊るように飯粒が跳ねる。戻した時には、フライパン面に均等に飯粒や具が寝そべる(本当に寝るんだから!)。
    常連客の中に、特に私を可愛がってくれる客が二人いた。一人はたぶん婚期がうまくつかめなかったのか、四十歳前後の独身OL(今はこんな言い方はしないか)。
    彼女は、ビールとカニピラフとお新香。お新香は、二百円なのだが、店主がいない時、私は百円で出した。女性はその値引きに気づいている様子はなかった。ただ、決まりのように食した後、「ごちそうさま。今日のピラフは美味しかった」といつも喜んでくれた。
    もう一人は、中年の小さなデザイン会社の社長さん。
    彼は生姜焼き、スパゲティ、エビフライ、ポークピカタと、いろいろ注文を変えて私を困らせた。
    OLに百円で出していたお新香、社長からは四百円取った。ある日、ふたりが居合わせ、お新香の件が社長にバレてしまった。社長は大げさに驚いたが、料金にケチはつけず、いつも「高いお新香、くれ」といって注文した。   
    その人たちの消息も、私は知らない。

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 第14回
平成消しずみクラブ

連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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