平成消しずみクラブ 最終回

君は誰かね

大竹まこと
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 父は赤紙が来て、兵隊に取られ、満州に渡った。敗戦の折、命からがら本土に戻ってきたが、多くを語らなかった。
 戦後、赤坂にある「東海電極」という会社で定年まで勤めあげ、記念に金無垢の時計をもらった。
 まじめな父に反発したのか、まじめに見えた父の内にくすぶり続けた狂気が私に伝わったのか。
 今週は、月から金で続けているラジオが三千回を迎えた。十二年間続けた計算になるが、私の力ではない。皆が協力し、かばい、ヨタヨタと時間が過ぎた。聞いてくださる方々は実に辛抱強く、そして私を許した。まるで父のようでもある。
 スペシャルウィーク、二日目の火曜日のゲストは芥川賞を受賞された町屋良平さんである。『1R1分34秒』が本のタイトル。字も大きく、ページ数も多くない。タイトルも魅力的であるが、読んでみると、難しい。時間も場所も簡単に越えていくパラレルな世界。純文学である。正直、私は読んだが、読めていない。内容が把握できないでいる。今までどうしても理解できないゲストの本が二冊。町屋良平さんが三人目である。町屋良平。善良そうで、わかりやすい名前なのに、本は難しい。
 火曜日はどうしよう。大人の対応も必要だと思うが、やはりここは一つ「すまん、よくわかりませんでした」と言わねばなるまい。
 もういい大人なのに、まだ試練がやってくる。ああ、せつない。誰かに脳ミソ、百貫目ばかり分けてほしいと思うが無理か。
「無理を承知でどうだ」
 誰も答えてはくれない。一人なのだから。人は一人なのだから。

 一体、何を書いているのやら。高校を出てすぐに社会に飛び込んでしまった私には、君たち若者に送る言葉がない。
 父にも母にも迷惑をかけた。口やかましい母の苦言。今ではそれが愛情であったと気づく。何も語らぬ父。当の昔に死んでしまった父は、私が高校生の時、家出をして三日もたたぬ間に帰ってきた私に向って、住所だけで何も書かなくてよいから、葉書を送りなさいと唇を噛んだ。
 世間の風は思ったよりも温かく、冷たかった。このチンピラはいつもその世間に助けられた。
 風間杜夫や他の劇団仲間とバイトしたラーメン屋の婿養子の店長は、正月に家に招いてご馳走のおせちをふるまってくれた。ただ焼豚だけは、店で出すチャーシューメンのチャーシューと同じだった。
 老人が駅の長い階段の途中で休んでいる。両手に荷物を持った母親が幼い子どもと歩いている。幼子は母のジャケットの端を必死につかんで離さない。宅急便の配達の人は、大きな荷物が同じエレベーターに乗り合わせる人々の邪魔にならないか、細心の注意を払う。

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 第14回
平成消しずみクラブ

連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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