百田尚樹をぜんぶ読む 第10回

小説家・百田尚樹の全体像

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】ここまで色々な論点で話してきましたが、あらためて、彼の小説家としての全体像について、話していきましょう。

 

【藤田】はい。

 

【杉田】僕は百田尚樹の小説には、かなり当たり外れがある、と感じています。僕の印象では、百田の作家的手腕が最もたくみに発揮されるのは、文庫本で四〇〇頁ほどの長さの長編小説です。依然として、最初の小説『永遠の0』が百田のフィクションとしての完成形であり、原点にして頂点、最高傑作だと考えています。

  他にも、同じくらいの長さの『モンスター』『影法師』『プリズム』などが、完成度の高い大衆小説になっていると思います。これらの作品では、自分の生き方・死に方の問題(死生観の問題)、あるいは主に男性のあるべき生き方(いかに他人のために生きられるか、男にとって愛とは何か、など)が模索され、試行錯誤されています。

  短編集『聖夜の贈り物』やショートショート『幸福な生活』などは、アイディアの面でも、作品構成としても、ちょっとありきたりで平凡という印象があります。

 さらに、上下二巻本の大部の長編小説になると、金太郎飴的というか、物語が単調になり、文章も冗長で平板になっていく。たとえば『ボックス!』『錨を上げよ』『海賊とよばれた男』などには正直、そういう印象がありました。

 それから、フィクション以外も含めるなら、ファイティング原田のノンフィクション『リング』やクラシック評論『至高の音楽』なんかは、すなおに他人に勧めたいほどのいい仕事だと思います。特に『リング』ですね。ただ、色々な問題や弱点や議論の余地を含みつつ、もっとも豊かな可能性を孕んでいるのは、やはり、依然として『永遠の0』かな、とも思っています。

 僕はそのような印象なのですが、藤田さんはどうですか?

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

【藤田】はい。繰り返しになる面もありますが、彼のフィクションは、エッセイやネットでの彼の発言とはかなり違う水準にあると思います。

 エンターテインメントとして彼の中では最高傑作だと僕が思うのは『ボックス!』。これはかなり手放しで評価できます。ただ、エンタメに限らないで、全小説の中でいちばんいいものをあげろといわれたら、『錨を上げよ』ですね。さっきも言いましたが、自分の価値判断や経験をベースに、それを対象化しつつ語っている。それから、『海賊とよばれた男』も好きですね。

 『永遠の0』や『カエルの楽園』などは、イデオロギーが出過ぎていて、図式的過ぎるんじゃないかと思います。

 『影法師』や『モンスター』も悪くないですね。エンターテインメントとしてよくできている。『フォルトゥナの瞳』なんかも「普通のエンターテインメント作家」であろうとしている。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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