百田尚樹をぜんぶ読む 第13回

『聖夜の贈り物』(改題『輝く夜』)

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】五つの短編からなる小さな短編集です。どれもクリスマスをめぐる奇跡のファンタジー物語になっています。あえて通俗的に書いている感じですね。

 『永遠の0』に続く長編小説として、かなり気合を入れて『ボックス!』を書いていたけれど、急遽思いついて、この短編集を刊行したとのことです。息抜き的な意味合いもあったのでしょうか。

 いずれも、善良でまじめに働いているものの、報われず、孤独で淋しい女性が主人公です。派遣労働や工場労働で、恋人もおらず、つらい気持ちでいるけれど、ふと、クリスマスの日に奇跡が訪れる。それがストーリーラインです。

 優しく温かい眼差しではありますが、他面では、中年の「おじさん」の眼差しによって、不幸な若い女の子を優しく見守るという、それ自体どこか危うい欲望を全面的に感じさせます。「おじさん的ロマン主義」と言いましょうか。とはいえ、それほど傲慢な感じ、あるいはセクシュアルな感じもしません。ただ、やはり、「好きな男と結婚するのが女の幸せ」という保守的な恋愛観、女性観、家族観があるのは否めないのかな、と。それはフェミニスト嫌いとも通じているでしょう。

 

【藤田】百田尚樹という作家のパブリックイメージとは、結構違うという感じがします。若い女性──とはいえ、三四~三五歳の女性が多いんでしたっけ?

 

【杉田】うん、そうなんです。年齢の設定もなんか絶妙なんですよ。

 

【藤田】いわゆるスリー・ウィッシュ(三つの願いを叶える)ものがあったり、非モテの女性に温かい希望を与えるものがあったり……というクリスマスファンタジーですよね。こってりとした男くさい小説ばかり、という印象が強い百田尚樹の二作目がこの短編集だ、というのは案外重要な気がします。

 

【杉田】前に言ったんですけど、妻的な女性と若い女性に対しては、根本的に目線が違うんですよね。奥さんに対しては尻に敷かれて、頭が上がらず、ひたすら謝り続けているんだけど、それと同時に、「騙す女」「本当の姿を偽っている女」への恐怖がある。

 それに対して、この作品集に出てくる若い女性に対しては、百田さんは手放しで祝福し、応援してあげたい、という気持ちがあるようです。たとえばツイッターで、『耳をすませば』の感想として、あの女の子がぶじに小説家として成功すればいいな、と書いたりしていました。

 それから、病気で若くして理不尽に死んでしまう女の子に対する強い同情というか、フェティッシュがありますね。たとえば三話目の「ケーキ」は、末期ガンでクリスマスイブの夜に二〇歳で死んでいく女性が、夢の中で幸福な人生を体験する、という話です。『ボックス!』でも、ボクシング部のマネージャーになる女の子が急に病気で亡くなったりします。『幸福な生活』にも「ケーキ」と同じく(男女は逆ですが)、交通事故で妻子を失った男が夢の中で「幸福な生活」を続けている、という短い話があります。

 百田尚樹にとっての、究極の不幸のイメージがそこにあるのかもしれない。そういう不幸な人間に対し、率直に同情し、純粋に憐れんでいる。

 まあ、それらもふくめて都合のいい「おじさん的ファンタジー」であり、不幸で善良な女性に同情する自分に酔っている感じはするけれど、それなりにウェルメイドな感じはしますね。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

【藤田】国家と一体になるとか、戦いの中に生の燃焼を見出す、という方面の話は一切ありませんね。

 

【杉田】全体として、派遣労働者や工場労働者の、三〇歳を過ぎた女性にフォーカスする、というのがポイントではありますよね。二話目の「猫」という作品では、家族経営の温かい会社と、派遣労働者をモノとして使い捨てる冷たい企業とが対比されている。それはその後の百田作品の、家族経営的な日本的労働者礼讃へと繋がっているのかもしれない。

 ただ、ルソーの憐れみ(pity)がしばしば批判されるように、憐れみや同情はすぐに逆のものに転じてしまう、憐れみの対象が思い通りにならないと憎悪してしまう、ということもあるでしょう。被害者や犠牲者がイメージ通り大人しくしているうちは同情するが、彼女たちが何かを主張すると、途端に激怒して、たたき潰そうとしたり。

 おじさん的憐れみ、中年男性的ファンタジーも、その点では危うい気がしますね。それはフェミニスト嫌いともやはり表裏一体でしょう。

 

【藤田】百田尚樹の作品の中で、こういう方面での素朴なファンタジーは珍しくて、だからこそ、ファンタジーの質が良く見えると思うんですよ。五話目の「サンタクロース」では、子どもにアザができて、それが美しい星の形をしているという。『ジョジョの奇妙な冒険』みたいな(笑)。そういうマンガ的なファンタジー感が好きなんだな、というのはよく分かりました。

 

【杉田】しかし、なんでサンタクロースなんですかね? 宗教観の無節操さを表しているのか。全然「日本的」でもないし「保守的」でもない。不幸な女性に奇跡的な幸せを与えるのがサンタクロースというのが、どこまでも通俗的というか……。逆に、こういう設定にするのは、普通の神経なら勇気がいりますよ。

 

【藤田】この人の場合、宗教的なものを扱う場合──『日本国紀』でも、そんなに本気で現人神としての天皇のことを考えているふうでもない。かなり世俗化された宗教の扱い方をしますよね。深淵さとか、神々しさとかの感覚を描いているものが、ほとんど見つからない。

 

【杉田】そうそう。天皇への強い思い入れは特にない、としか思えない。サンタクロースと天皇が別に入れ替わってもいいというか、どっちでも別にいいというか。宗教的なものへの畏怖や敬虔さは一貫して無いよね。

 『日本国紀』の文体も、霊的な憑依とか、宗教的なパッションとかは少しも感じません。日本的な神仏習合やシンクレティズム(宗教混合)のなれの果てというか、天皇も国家神道もたんなるギミックとして使ってしまって構わないと。天皇機関説がさらに世俗化したような。

 サンタクロースならテレビドラマ的にも映えるだろうとか、女の子なら受けるに違いないとか(笑)。その辺はいかにも百田尚樹っぽい。映画にもならないよね、これ。奇跡の描写もテレビドラマ的。

 

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プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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