百田尚樹をぜんぶ読む 第14回

『ボックス!』

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】百田尚樹は大学時代にボクシング部であり、ボクシングの経験も知識もあります。最初の小説『永遠の0』のヒットのあとに、あらためて、確かな実力を世に知らしめるために、自分が得意とするボクシングを題材として、長編二作目に挑みました。それが本作です。相当に気合を入れて書いたと思われます。

 主人公の一人は鏑矢義平(かぶらや・よしへい)。天才ボクサーでケンカっぱやくてお調子者。もう一人の木樽優紀(きたる・ゆうき)は鏑矢の幼なじみで、愚直な努力型。母子家庭で貧しくて、授業料免除の特待生です。

 そして語りの視点としては、ボクシングを全然知らない女性教師(耀子)の主観を入れることで、ボクシングをよく知らない読者にもうまくルールや特性を説明していくような構造になっています。

 本人は「青春スポーツ小説」であると言っていますね。これほど楽しんで書いた小説はないし、主人公のひとり鏑矢くんは「全作品の中で最も愛着あるキャラクター」(『永遠の一冊』)である、と言っています。

 ダブル主人公の小説であり、百田の内なる男性性がこの二つの側面に分裂したかのような語りの仕掛けは、百田作品がしばしば用いるものです。

 二人の親友が違う道を行くというのは北野武の『キッズ・リターン』みたいだし、優紀君の方がいわば虐められてボクシングをはじめるのは『はじめの一歩』っぽくもある。それから最後に鏑矢君が狂気によって覚醒するというのは、松本大洋の『ZERO』というボクシングマンガを思わせる。色々なボクシング系のサブカルチャーを寄せ集めたような感じもあります(『リング』には、『あしたのジョー』や『がんばれ元気』への言及があります)。

 僕個人としては、通読すると散漫で冗長な感じもあったのですが、藤田さんは『ボックス!』を百田の最高傑作の一つに挙げていましたね。

 

【藤田】そうですね。エンターテインメントとしてはこれが一番面白い。ボクシングの魅力が伝わってくるし、キャラクターも生きている。セリフも関西弁がいい。脇の人物や学校内の描写もよくできている。

 作中ではボクシングを「小さな死」と言っています。日常の積み重ねを超えた次元へと、ボクシングによって突き抜けたい、という衝動が感じられます。これは百田尚樹の作家性の根本にあるモチーフの一つでしょう。北野武にも似ている。日常を超える暴力や死を求めるというロマン主義的な感性ですね。

 ただ、北野武は、国家に寄り掛からないで拒否する、それが故に北野武の方がスカッとしている。そういう差はあるでしょうね。

 女性教師の方は、ボクシングを知るうちに鏑矢の方に惚れていく。男の肉体の野性的で野獣的な側面に魅せられる。それに対して、真面目な方の優紀君は、女性教師のことを好きになって、鏑矢に嫉妬するようになる。女性との恋愛においても、男の本能や身体が重視されるわけですよ。これは構築主義的なフェミニストからは批判されるような女性観でしょう。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 とはいえ、あらゆる建前やきれいごと、理屈を剥ぎ取った究極の本能の領域で、人間関係を作りたい。そういう百田の基本的な人間観には、魅力もあります。そのことを何の意味や理由もなく、むき出しで描いている。それが『ボックス!』の美しいところですね。すがすがしい。

 百田の他の作品は、国家の使命や共同体の道徳などの「意味」に回収されてしまいがちですから。

 

【杉田】今ロマンと言いましたが、百田さんはクラシック音楽の中では、一八~一九世紀のドイツの音楽がいちばん好きだそうです。特にベートーベン。それからゲーテを引用したりと、啓蒙主義やロマン主義の頃の芸術観がじつは根本にある。

 それで言えば、『永遠の0』から『ボックス!』、そして『影法師』へと至る二〇〇〇年代後半の仕事というのは、男性の実存をめぐる「弁証法的」な展開そのものに見える(百田自身が自分が好きなベートーベンは「弁証法的」な音楽である、と強調しています)。

 「弁証法的」というのは、対立するものが葛藤しながら、たえず前進し高次元化して、究極の理想(絶対精神)を求めていく、という運動性が物語構造になっている、ということです。『ボックス!』のダブル主人公が螺旋状にお互いを高め合っていく、というのもそうでしょう。

 『ボックス!』の中にも「男の強さとは何か」「男性はどう生きるべきか」という問いがあります。努力型の優紀君は、男としての自分に自信が持てない。そもそも、彼がボクシングをはじめたのは、デート中に不良に絡まれて、無抵抗で暴力に屈してしまった、というトラウマがあり、恥ずかしさがあった。

 百田作品の中には、暴力に屈してしまって、それを女性から憐れみの眼で見られる、というパターンがよく出てきます。たんに暴力に屈したというより、それを女性から憐れまれることへの恐怖と羞恥がある。時代劇の『影法師』等でもそうです。

 『ボックス!』を僕は構造的に読み込んでみたんですが、最初の方には、ケンカの強いマッチョな男にならなきゃいけない、男は女を守らなきゃいけない、という価値観がある。男には原始的な闘争本能があって、女はそれに憧れるものだと。これが第一段階の「男の強さ」です。

 それが物語の途中で、「文武両道」という価値観が出てきます。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に出てくるフィリップ・マーロウの有名なセリフ、「男は強くなければ生きられない、優しくなければ生きる資格がない」、という言葉が引用されたりもします。

 つまり、たんに原始的な強さだけじゃダメで、強い人間こそがモラルや優しさを身に付けなきゃいけない。これが「男の強さ」の第二段階。おそらく、百田尚樹は実際に小説を書き進めながら、「男の強さ」「男の生き方」の問題を試行錯誤し続けていった、という形跡がある。

 そして、下巻の半ば辺りになると、男の本当の強さとは恐怖に打ち克つことである、というまた別の価値観が出てくる。恐怖に打ち克った人間が本当に強いんだと。宮本武蔵が召喚されて、ある種の武士道的な、死の恐怖を超える生き方が理想とされる(第三段階)。

 さらに物語の終盤になると、努力型の優紀君の強さがついに覚醒して、天才型の鏑矢に勝利するほどになります。ついに努力が天才を追い越す。そうすると、今度は鏑矢の方が、これからは優紀君が成長するためのスパーリングパートナーになって、いわば踏み台になる、と言い出すんですね。

 これはのちの『影法師』等にも出てくる「殉愛」のパターンでもあります。これが第四段階と言えるでしょうか。しかし、男の強さをめぐる弁証法的な問いはそこでも終わらない。

 最後の「男の強さ」の第五段階では、一度挫折したはずの鏑矢が覚醒して、「狂気の怪物」になります。そしてモンスターと呼ばれた最強のボクサー稲村を、惨劇的な勝利で倒します。ヘーゲルの絶対精神じゃないけど、弁証法的な試行錯誤の果てに、究極の「狂気」の領域がやってくる。

 ……そういう感じで、物語を通して「男の強さとは何か」「男の生き方はどうあるべきか」をめぐる実存的な問いがあるんだけど、作者自身がずっと迷い続けているというか、問いを最後まで十分に突きつめられなかった感じがあって、それが作品としての散漫な冗長さの印象になっている。

 ただ、その葛藤自体が百田さんらしいとも言える。だから、『錨を上げよ』と共に『ボックス!』を藤田さんが推すのも、分かる気がしますけれどもね。

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非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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