百田尚樹をぜんぶ読む 第20回

『幸福な生活』

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】これはショートショートの作品集です。全ての作品で、最後の一行がオチになっている。つまり、最後のページをめくると、一行だけ文章があって、それがオチ、という構成上の仕掛けがあります。

 見かけは普通の幸福な生活を送っている家族に、実は秘密がある。夫の知らない秘密を妻が持っていたり、あるいは、夫の秘密を妻がひそかに知っていると。「騙す女」あるいは「夫の秘密を握って全てを見透かしている女」に対する恐怖心が全体的に感じられます。百田にとって、家庭というのは、秘密と真実をめぐるある種の闘争のアリーナでもあるのでしょう。

  ただ、妻が騙すのは意図的な場合もあれば、無意識や病気でそうしている場合もある。それも含めて、妻に対する夫の複雑な恐怖心、不気味さがモチーフになっています。一見のほほんとした奥さんが、夫の浮気を全て知悉していて、細かくノートを取っていたりとか。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

【藤田】割とよくある話ばかりだけど、僕はこれも嫌いじゃないですね。幸福だと思っていたら実はそうじゃなかった、と知ってギョッとする。そのギョッとして、やばいどうしよう、と考えはじめるその手前の瞬間で、話はぱっと終わる。

 百田さんの作品は、騙されたと気付いた瞬間、やばいどうしよう、と思っている瞬間の描写がいちばん輝いている(笑)。『永遠の0』『影法師』なんかもそうです。さぞやたくさんそういう経験をなさったのだろうな、と思えるぐらい、その瞬間の恐怖感や不安感や悔恨の再現がとてもうまい。

 ネガティヴなものが実はポジティヴだった、というのが『永遠の0』や『影法師』の構造だとしたら、『幸福な生活』は幸福だと信じていたものが実はそうじゃなかった、騙されていて愕然とする、という構造ですね。それらは裏表であり、フィクション論として対になる構造なんでしょう。国家規模の話と家庭規模の話では、方向が逆転するのは、不思議ですね。

 

【杉田】百田尚樹は、シラーの詩にベートーベンが曲を付けた第九の「歓喜の歌」について、何度か論じています。「歓喜の歌」はすごくハッピーな喜びの歌に思えるけど、じつはその裏ですごく怖ろしい歌なんだ、と言うんですね。人生の中で親愛な人間と出会えた人は歓喜を謳歌できる、しかし、そういう相手がいない人間は幸福や歓喜から徹底的に排除されて、歌の輪の中に入れないんだと。だから死ぬ気で本当に愛し愛される人間を探すしかない。つまり「歓喜の歌」は、最上の喜びと最悪の不幸が裏表で張り付いているんだ、と言うんだね。

 しかし彼にとっての「幸福な生活」とは、たとえ恋愛が成就しようが結婚しようが、もともと、そういうものなのでしょう。デヴィッド・リンチの世界のように、ちょっとしたトリガーによって、くるっとひっくり返ってしまう。そういう奈落的な恐怖心がつねにつきまとうのが家族であり、「幸福な生活」。

 

【藤田】シラーは「調和」の美学の人ですが、フロイトが引用して嫌味を書いているんですね。その調和の世界の中で生きられない人にとっては息苦しいんじゃないか、的な。「文化への不満」だったと思いますけど。『錨を上げろ』を自伝的だと信じるなら、百田尚樹は、シラー的な「調和」に馴染めない人だと思います。ちなみに、ヘーゲルの『精神現象学』の末尾がシラーの詩です。弁証法の果てに、シラー的な美的な調和するユートピアがあることになっている。

 それはさておき、真実や虚構がすぐに裏返って騙されてしまう、というのは普通の意味では幸福な状態ではないでしょう。ただ、エンターテインメントの世界では、しばしば、そうした不安や恐怖の中に享楽が宿ります。百田尚樹は、そういう真実をめぐる闘争や懐疑の中に、享楽を感じるタイプの作家なのではないか。ボクシングのような純粋な闘争を楽しんでいる一方で、騙し騙されるという命懸けの戦いのスリルをも享楽している。百田尚樹は、そういう状況にあえて自分を投じることが好きなんじゃないか。

 

【杉田】ただ、ショートショートであるために、露骨なホモセクシュアル差別や、女性に対するルッキズムがかなり無防備に出てきてしまっている。そういう無神経なところもじつに百田尚樹らしい、とは言えます。根本的に、どこまで行っても異性愛主義の人だしね。その点では、この本はやっぱり、読むときに注意が必要でしょう。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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