百田尚樹をぜんぶ読む 第21回

『プリズム』

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】『プリズム』は、『モンスター』と対になった恋愛ミステリ、あるいはサイコサスペンスです。これもウェルメイドでなかなかよくできたエンターテインメント小説です。

『モンスター』の主人公は、醜いがゆえに整形手術する女性でしたが、『プリズム』の男性主人公は幼少期に父親からひどい虐待を受けて、複数の人格を持つようになった、という設定です。多重人格に分裂した男が、語り手の女性との関係を通して、人格をどんどん統合していき、最後には元の自分(一つの人格)に戻る、という物語です。プリズムというのは多重人格のメタファーであるわけですね。まあ、多重人格に関する情報は、ネットで収集可能なレベルのペラい感じではありますが……。

 何度も言っていますが、百田尚樹自身にもどこか多重人格的なところがあるのでしょう。この対談でも、保守主義者、排外主義者、実存主義者、ロマン主義者、ポストモダニストなど、様々な側面に光が当てられていますが、その全体像を統合的に理解するのは、案外難しい。保守派の男性は、DVや虐待の事実を否認する傾向にあります。加害者なのに、被害者が嘘をついているんだと主張して、自分たちの方が被害者なんだと強弁する。DV男性や加害者の論理は、典型的な歴史修正主義の論理であるわけですね。

 しかし『プリズム』に関しては、多重人格は実在する、とされています。主人公の男性は、父親からサディズム的で変態的な凄惨な虐待を受けていて、人格が分裂し解離してしまった。だから、男性としてのいちばん気の毒な存在、究極の憐れな被害者、そのリミット、という感じなんですね。女性は醜さが究極のプロレタリア性だとしたら、男性の場合は、虐待されて人格分裂した人が究極のマイノリティ性である。百田尚樹の小説の中には、そういう人々への、割と手放しの同情や共感があります。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 ただ、『モンスター』と違って、主人公が男性なので、『プリズム』の場合は少し自己憐憫が入ってくる。つまり、虐待されて人格が分裂し解離してしまった可哀想なボク(作者)、という感じがちょっと入ってくる。しかもそれを語り手である若い女性によって承認される、つまり愛される、という構造上のねじれが入ってきます。

 付け加えると、震災以降に刊行された『プリズム』『フォルトゥナの瞳』『殉愛』等は、若い女性の純粋な愛によって、死んでいく男が承認される、という構造を取るようになっています。震災前の女性主人公たちの物語や、ダブル男性主人公たちの作品とは、ちょっと違う方向性が出てきた。この時期に何らかの心情的な変化があったのかもしれませんが、動機はよくわかりません。

 

【藤田】「生と死と愛がバラバラになってしまった」世界における不可能な統合を希求する、百田尚樹の作家人生そのものの隠喩として読みましたよ。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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