百田尚樹をぜんぶ読む 第22回

『海賊とよばれた男』(1)

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】百田尚樹本人は、これを『永遠の0』に続く「第二の主著」と自負しています。主人公・国岡鐡造のモデルは、出光興産の出光佐三です。これは一種の「ノンフィクション・ノベル」であり、出光の人生に仮託しながら、東日本大震災の衝撃を前にして、日本の再生と復興を祈って書かれたものです。累計四五〇万部のベストセラーになっています。『永遠の0』の山崎貴監督によって映画化もされました。

 執筆のきっかけは二〇一一年の東日本大震災であり、二〇一一年の一〇月に小説を書き始め、一日十数時間執筆し、第一稿一四〇〇枚を二ヶ月で書いたそうです。憑りつかれたように書いたと。その第一稿を四回書き直したのですが、修正作業中に胆石の発作で三度、救急車で運ばれています。入院中も書き続けた。その後一ヶ月、傷口が塞がらず、へそから血を流しながら書いたと本人は語っています(ただし、家族の証言では、それはたんに長年の不摂生が祟っただけであり、本人が自慢話のように語るのはどうだろう、とツッコまれていますが……)。

 震災の後に、「日章丸事件」(出光興産の日章丸二世がイギリス軍や石油メジャーを向こうに回して、イランから直接取引で石油を日本に持ち帰った、というもの)のことを初めて知って、それがこの長編の執筆のきっかけになったみたいですね。個人的には、読んで愕然としたんですね。『永遠の0』とはあまりにも落差がある。作品構造というかOSが違う。根本的な「転向」があった、と感じました。

 敗戦の場面からはじまります。冒頭から、「日本人がいるかぎり、日本が亡ぶはずがない」、焦土となった国を今一度立て直す、再び日本は立ち上がれる、日本人には三〇〇〇年の歴史がある、世界は再び驚倒するだろう、云々とネトウヨマインド全開なことが宣言されています。ポイントになるのは、個人の生と、家族の生活と、会社と、国家とが同心円状に一体化していることでしょう。自分たちの復活がそのまま日本国家の復活に繋がる。自己啓発ならぬ国家啓発というか、災害ナショナリズムという感じでしょうか。つまり、戦争や災害によって、むしろ真の愛国心を高揚させる。これは家族と国家が逆立的な緊張関係にあった『永遠の0』の物語構造とは、根本的に違うのではないか。

 大東亜戦争は基本的に石油資源をめぐる戦争だった、というプラグマティックな見方をしているのですが、明らかにこれは、「大東亜戦争のやり直し」であり、「歴史修正的勝利」のファンタジーになっています。つまり、欧米の石油メジャー(七人の魔女)の支配に対し、侍日本が果敢に挑んで、アジア(イラン)の民衆と協働してこれを打ち破る……大東亜共栄圏の夢を戦後の経済的勝利において代理的に実現する、という物語。敗戦を歴史修正的になかったことにして、日本人と日本国家の勝利の物語、アジア的連帯の物語(宗主国としての日本の復活の物語)に書き換えるわけですね。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 作中の思想性においても、作品の構造においても、想像力の質としても、『海賊とよばれた男』は完全にネトウヨ小説(日本礼讃と歴史修正と排外主義的な想像力によって形作られた小説)と呼ばざるを得ない。僕はそう受け止めます。

 たとえば『リング』等では、テレビメディアを通したフォークヒーローたちは、個人の実存性や運命を感じさせることで、国家的熱狂に回収されない距離感をぎりぎり持っていたと思うけど、国家主義的なナショナルヒーローとしての『海賊とよばれた男』の主人公は、すでに、それとは根本的に異質な次元に突き抜けてしまったように感じます。フォーク(民衆)はナショナルであると同時に、大衆的でもあるし、反国家的な集団でもありますから。

 そして百田尚樹が騙し騙されつつ安倍政権に接近していくのは、『海賊とよばれた男』の執筆と刊行、そしてこれがベストセラーになっていく過程と重なっています。つまり、敗戦の中から復活した日本人の「象徴」を出光佐三の中に見出して、それを大震災後に復興をめざす日本人の物語に重ねて、さらにそれを安倍晋三という強い日本を復活させるための政治家を英雄化し神話化することへと結びつけていった。『海賊とよばれた男』を読む場合には、そのことも批判的に検討していかなければならない、と僕は考えています。

 とはいえ、僕とは異なって、藤田さんは『海賊とよばれた男』をかなり評価していますね。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

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プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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『海賊とよばれた男』(1)