百田尚樹をぜんぶ読む 第23回

『海賊とよばれた男』(2)

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

 

【杉田】あらためて、震災後のこの時期に、小説家の百田尚樹と政治家の安倍晋三の関係が親密になっていったことの意味を考えたい。安倍さんや自民党が百田を本当に信頼しているのかはわからないし、騙されたいという欲望に付け込まれて嬉しくなっちゃっているのか、合理的に計算して権威に近づいているのか、その辺もよくわかりません。

 安倍さんは二〇〇七年に総理を辞任している。百田さんは二〇〇九年の総選挙で政権を取った民主党(当時)に対して、反感を募らせていく。その後、二〇一〇年五月二〇日にツイッターをはじめるんだけど、ツイッター上で民主党批判をするようになる。『海賊とよばれた男』が刊行されたのが二〇一二年の七月。震災の一年四ヶ月ほど後ですね。

 で、ちょうど同じ頃の二〇一二年夏に、月刊「WiLL」の編集者から連絡があって、政治論文の執筆を打診されたそうなんですね。それで「さらば!売国民主党政権」(「WiLL」二〇一二年九月号)という論文を掲載する。民主党に任せたら日本は亡ぶと主張しています。中国や左翼の顔色をうかがう自民党のふがいなさも批判して、橋下徹と安倍晋三に私は期待する、と締めくくるんですよ。第一次安倍内閣で惨めに失敗した安倍晋三は、挫折を味わって、鍛えられ、「強靭な精神力」を手に入れた。「もう一度総理になって日本を立て直してもらいたい」と「期待」する、と。

 その論文の掲載誌が発売された二〇一二年夏、百田の携帯に、論文を読んだ安倍晋三氏から直接電話がかかってきた。以前から百田さんの『影法師』や『永遠の0』を読んでいて、ファンだったと。安倍氏は、時代小説が好きで、最初に『影法師』をたまたま読んでいた。その後、友人から『永遠の0』を勧められてこれも読んだ。安倍さんの受け止め方としては、百田の小説のテーマは「他者のために自らの人生を捧げること」であり、それは若き日に政治家を志してからの自分の信条である、と。百田さんも安倍氏が最初に読んだのが『影法師』であることに驚いているんですけれどもね。

 当時の安倍さんは、自民党の総裁ではなく、野党の一衆議院議員にすぎなかった。百田と対談する五~六年前に首相の座を降りてからは、世間からは叩かれて、憐れみをもって見られていた。自民党内でも安倍の再登板はない、という空気だった。総裁選の本命は石破茂、二番手は石原伸晃で、安倍は三番手であり、まあ勝利の芽はないだろうと言われていた。つまり、当時の文脈としては、百田さんは勝ち馬に乗ったわけではなく、惨めに敗残した側の人間に賭けたんですよ。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 さらにその後まもなく、「WiLL」編集長の花田氏の仲介によって、百田と安倍の対談が行われた。それがたぶん八月のことで、その内容が「WiLL」二〇一二年九月号、一〇月号、二〇一三年一〇月号、一二月号に掲載されます。対談ではあるけど、ひたすら百田が安倍を焚き付ける、応援する、という感じなんですね。一生懸命だけど、政治的に利用されているだけのような、ちょっと滑稽感もあって、読んでいて複雑な気持ちになるわけですけれども……。

 対談の中で百田は「秋の総裁選に出ますか?」と尋ねます。対談時の安倍はそれに明言を避けたんだけど、百田さんは「出るつもりだな」と感じたそうなんですね。それで対談後まもなく、安倍は絶望的と言われていた自民党総裁選で逆転勝利をおさめます。当時はまだ民主党政権だったんですけど、そこに突然、野田首相が解散総選挙を言い出す。そういう民主党の自滅もあって、総裁選勝利の三ヶ月後には、自民党が衆院選に圧勝。安倍晋三が再び総理大臣の座につくわけですね。しかもそれは、震災と原発公害事故によって、日本が未曾有の危機に襲われている時だった。

 安倍さんの政治家生命をかけた戦いが、奇跡を起こした。だからベートーベンにとってのナポレオンみたいな感じで、百田尚樹は自分にとっての世界史的な英雄のイメージを安倍晋三に投影しているところがある。ただ、ナポレオン的な不屈の英雄というよりも、自分の病気(潰瘍性大腸炎)とストレスと弱さに打ち克った男、という感じでしょうね。自分が理想としていた神話的な英雄が現実の目の前に現れたかのような驚き、衝撃を受けたと思うんですよ。

 そしてその中で、たぶん百田尚樹自身が自らの使命を見出したと思うんですね。僕の想像では、それはまさに自分の小説『影法師』で描いたような、男同士の「殉愛」としての使命ではなかったか。つまり、本当に社会を変革しようとする政治的人間のために、自分はバカにされても、身を滅ぼしてそれを応援し陰ながら支える、みたいな。それが究極の純愛であり、理想的な男の生き方である、ということですね。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

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プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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『海賊とよばれた男』(2)