カマラ・ハリスを生んだアメリカ 第5回

アメリカ黒人史から読み解くカマラ・ハリス

津山恵子(つやま・けいこ)

BLM運動で見えてきた変化と希望

2020年6月1日、ニューヨーク・マンハッタンで行われたブラック・ライブズ・マターの行進。参加者が黒人男性ばかりではなく、白人や女性も多いことが分かる。(撮影:津山恵子)

 しかし、「変化」は確実に表れている。私は、特集の中にある集会や抗議行動の写真に着目した。1966年の写真に映っているのは、ほとんど黒人男性で、女性と白人はほとんどいない。

 一方、私が2020年に通ったBLMの集会では、全く違う光景が広がっていた。

 約60年を経てはっきりと表れた変化のひとつは、参加者の世代や属性である。 私が目撃した集会でも、9割を超えるかと思われる多数派は、急速にリベラル化が進む若者層で、あらゆる人種にまたがるミレニアル(1981〜1996年生まれ)とZ世代(1997年以降生まれ)だ。

ニューヨーク中心部マンハッタンで開かれたものは、参加者の半分が黒人だが、あとの半分が黒人以外の人種で占められ、白人、そして特に若い女性が多かった。

 つまり、黒人の人種差別問題と運動は、黒人だけのものではなく、もっと包括的な人権問題として捉えられ始めたのだ。LGBTQの参加者も目立ち、集会演説では必ずその代表がマイクを握った。

 

 黒人住民が多いニューヨークのハーレムに住むジャーナリストで、ミレニアル・Z世代評論家のシェリーめぐみによると、この2つの世代はアメリカで最も人種的多様性に富んでいる。小学生のころからクラスにあらゆる人種や移民がおり、Z世代には同性愛者やトランスジェンダーであることを意識している生徒も多い。人種や性的指向による壁を感じることなく育ち、黒人か白人かというジム・クロウ法の時代、つまり公民権運動以前とはかけ離れた考え方の世代だ。

 シェリーめぐみはこう言う。

「この世代は、新型コロナウイルス感染拡大の最中に外に出られず、SNSで黒人が警察官に受けた暴行のビデオを見て、いてもたってもいられず初めてデモに参加した。デモの仕方など知らないのに、行動を起こし、体を張って、デモに行ってみた人たちの多くが彼らだった」

 

 2021年5月25日、ジョージ・フロイドが白人警官の膝の下で息絶えて、1年が経った。翌週の5月31日が、タルサ人種虐殺から100年である。

 これに際し、カマラ・ハリス副大統領は5月29日付のワシントン・ポストのインタビューに応じ、こう話した。

「語ること、それに耳を傾けることがどんなに辛くても、私たちは真実を語らなければならない。その真実とは、アメリカでは人種差別主義は現実にあるということ。性差別、同性愛差別、トランスジェンダー差別、ユダヤ人差別、イスラム教差別――これらもこの国では、現実にある。この現実を語ることは、国家に対する攻撃を意味する訳ではない」

「私は、(副大統領としての)公的権力を使うことに、重大な責任を感じている。その公的権力とは、(他の人が)過去に考えたこともなかった、あるいは、一定の視点を持って説明されなかった問題を、公開の場で議論し、公教育の場で議論に参加していってもらうことです」

 多くのことが変化し、多くの問題が元のままとも言える――その事実をよく見据えた発言だった。

 

 黒人初の大統領となったバラク・オバマは、ケニア人の父と白人アメリカ人の母の間に生まれた。ハリス副大統領も、ジャマイカ人の父とインド人の母の子である。つまり、2人とも黒人奴隷の末裔ではなく、海外からの黒人移民の血を授かった。

 しかし、将来、必ずや黒人奴隷の子孫がホワイトハウスに住む時が来るだろう。オバマとハリスは、それに至る重要な道標である。

 

※次回は7月中旬配信予定です

(バナー使用写真:vasilis asvestas / Shutterstock.com)

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 第4回
カマラ・ハリスを生んだアメリカ

女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。

プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。

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