カマラ・ハリスを生んだアメリカ 第5回

アメリカ黒人史から読み解くカマラ・ハリス

津山恵子(つやま・けいこ)

 アフリカ系アメリカ人(以下、黒人)、アジア系、女性として初のアメリカ副大統領となったカマラ・ハリス。彼女が国家のナンバー2に就任したことが、アメリカの市民に感動を与えたのは、なぜか。それは、「黒人」と言えばアメリカ最大のマイノリティ、つまり差別対象だからだ。しかも、黒人人種差別は建国前からある新大陸の最も暗く深い傷である。

 カマラ・ハリスという存在の、現代的意義の深さを理解するには、黒人の歴史を知る必要がある。今回は、奴隷解放からハリスに至るまでの黒人史の一部をたどってみる。

100年を経て明らかになった事件の真実

タルサ人種虐殺の直後に撮影され、空襲の後の焼け野原のようになったグリーンウッド地区。黒人向けの新聞シカゴ・ディフェンダー(1921年6月11日付)に掲載された。
(Unknown photographer, “View of the riot district.,” Tulsa Race Riot Photographs, accessed June 16, 2021, https://tulsaraceriot.omeka.net/items/show/1.)

 黒人が犠牲者だったというだけで、アメリカ史からもみ消されてしまった事件がある。南部オクラホマ州タルサで1921年5月31日に起きた「タルサ人種虐殺(Tulsa Race Massacre)」だ。白人暴徒が、黒人の居住区・繁華街として栄えていたグリーンウッド地区を襲い、住民を銃殺し、火を放ち、約24時間で街を壊滅させた。黒人の遺体は共同墓地や川に投げ込まれたため、死者の数も推定で最大300人と未だに定かではない。加害者への追及もなく、アメリカ史から葬られ、忘れ去られた。

 

 グリーンウッド地区は、タルサ・ダウンタウンの北部に位置する。虐殺前は35ブロック(区画)にまたがる黒人街で、約1万人が住み、「ブラック・ウォール・ストリート」と呼ばれていた。

 奴隷制度の廃止をめぐる南北戦争(1861〜1865年)の後、自由人となった黒人が、北部アメリカ合衆国にも、南部アメリカ連合国にも属さなかったオクラホマ州などに移住した。奴隷ではなくなったものの、南部では白人との共存は難しかった。このため、グリーンウッドに黒人のためだけのビジネスが集中し始めた。奴隷時代の南部プランテーションにあった雑貨屋以外のビジネス全て、つまり、レストラン、銀行、保険会社、弁護士、建築士、床屋、靴屋、ホテルなどである。

 

 2021年5月31日、虐殺から100年という節目にあたり、新聞の特集やテレビ局のドキュメンタリー番組が一斉に事件について伝えた。突然、当時の真相が生々しく市民のアンテナに入ってきた。

 米紙ニューヨーク・タイムズは、過去の地図や写真、文書、生存者や犠牲者の子孫、関係者からの証言をもとに、3Dを使ってグリーンウッドの街並みをデジタル再現した記事を配信した(2021年5月24日付)。わずか24時間で焼け落ちた街が、いかに繁栄していたかが立体的に分かる。

 劇場、ダンスホール、レストランから教会、学校の他、最高級の黒人向けホテルや、新聞社が2社、当時としては珍しい女性起業家によるタイピスト学校まである。事業所のオーナーやその家族の写真では、みな仕立てのいい服や帽子をまとい、表情には、誇りと余裕がある。

 

 虐殺は、1921年5月30日、タルサ中心部でエレベーターにのっていた10代の黒人の若者が、10代の白人のエレベーターガールを暴行したという話がきっかけだ。ニューヨーク・タイムズによると、黒人の若者が転びそうになり、白人女性の腕につかまったというのが一説だ。ところが、当時は黒人男性が白人女性と目を合わせただけで「強姦」とでっち上げられ、白人からリンチにあう時代。若者は逮捕され、白人のローカル紙が「容疑者、エレベーターガールを襲う」と一面で伝えると、白人が暴徒化した。

 白人らは、グリーンウッドを武器で襲撃し、建物に火をつけ、逃げ惑う黒人を銃殺した。事業所や住居に押し入り、金目のものを奪った。白人パイロットらは自家用機を飛ばし、空中からダイナマイトをばらまいた。アメリカの都市が空襲されたのは、この時が初めてだという。

 街全体の損失額は2700万ドル(現在のドル換算、約29億4300万円)に上った。

 しかし、暴徒は誰も逮捕されず、事件についての公式な調査もなかった。生き延びた黒人は他州へ逃れ、ブラック・ウォール・ストリートが再生することはなかった。

 また、人種がらみではアメリカ史上最大のテロであったにもかかわらず、歴史の教科書には記述が一切ない。

 

 肌の色が黒い人種だというだけで、長年かけて築き上げたありとあらゆるものが焼き討ちにあったら、どう感じるだろう。無差別な銃殺を目にした子供らは、その後の人生をどう過ごすのだろう。

 それが、わずか100年前に起きた。300人の犠牲者の子孫は、語り継ぐ歴史家も調査報告書もなく、先祖に何が起きたのかも知らないままだ。

 

 2021年6月1日、追悼のためにタルサを訪れたバイデン大統領は、こう宣言した。

「米国の同胞の皆さん、これは暴動(riot)ではなかった。これは虐殺(massacre)だった」

 タルサ人種虐殺の追悼で現地を訪れた大統領は、彼が初となる。

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 第4回
カマラ・ハリスを生んだアメリカ

女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。

プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。

 
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