中東から世界を見る視点 第3回

欧州でのテロ続発と、IS掃討作戦の激化

川上泰徳

「IS支持者」とはどんな人々なのか?

 イラクとシリアでIS掃討作戦が続く一方で、欧州でテロが続いている。

 英国では、5月22日夜にも中部マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、22人が死亡した。英国捜査当局はリビア系英国人を犯人として特定し、ISが犯行声明を出した。3月22日には、ロンドンの国会議事堂近くで車を暴走させて通行人をはね、警官や通行人ら4人を死亡させたテロも起こっている。その時は、アアマク通信が「実行犯はIS兵士である。有志連合国家の国民を狙えという呼びかけに呼応した」と声明を出した。英国では、70日ほどの間に3つのテロが起こったことになる。

 4月3日には、スウェーデン・ストックホルムの繁華街でトラックが暴走し、4人が死亡したテロがあり、事件後、ISの思想に共鳴しているウズベキスタン人が逮捕された。4月20日にはパリ中心部のシャンゼリゼ通りで男が銃を発砲し、警官1人が死亡する事件が起きた。この時も、アアマク通信が「IS戦士の一人」とする声明を出した。

 これらすべてのテロについても、「中東で追いつめられているISがテロを呼びかけ、“支持者”がテロを起こしている」という意味付けが、繰り返し、欧米や日本のメディアで行われてきた。しかし、私は、テロを起こしているのは「IS支持者」だという見方に疑問を抱いている。

 ロンドン橋でのテロについてアアマク通信の声明が出た後、英国の捜査当局が3人の実行犯を発表した。そのうち、2人は北アフリカ出身でアラブ系の英国籍とイタリア国籍で、もう1人は英国育ちのパキスタン系である。パキスタン系の男は、英国で過激なイスラム組織に入って活動していたことで英国の警察にマークされていたという。テロ実行者を「IS支持者」として単純にレッテル貼りするのではなく、欧州のイスラム教徒が、自分も家族も住んでいる欧州の国を敵視し、テロを起こすまでに過激化している要因を探るべきである。

「IS支持者」というのは、欧米にいながらISが唱えるカリフ制に思想的に共感し、全イスラム教徒の指導者である「カリフ」に忠誠を誓う人間を指すのだろう。だからこそ、イラクとシリアにまたがるISが掃討作戦を受けて危機に瀕しているいま、欧州でテロを起こしてISを支援するということになる。

 しかし、前出の自著でも紹介したが、ISを支持するような行動をとっている者が、必ずしも、ISが唱える「カリフ制」に思想的に共鳴しているわけではない、というデータをレバノンの調査機関が発表している。

 調査は、シリア内戦でISやアルカイダ系のヌスラ戦線(現・シリア征服戦線)などイスラム過激派組織に参加した若者49人のインタビューを分析して、参入の理由や動機を探ったものだ。「欧米からの参加者」について、参入の理由は「イスラム教徒同胞の支援」が32%で最も多く、「ジハードやイスラム法(の実施)」は16%だった。さらに「アラブ世界からの参加者」については、「支援」が45%、「ジハード」は14%と、さらに差が開く。

 サンプル数が多くないため決定的なものではないが、実際にISなどに参加した若者の肉声から参加の理由を探った調査は非常に少なく、貴重なデータである。調査からは、参加の理由として「過激派思想よりも人道的救援」という傾向が見て取れる。同胞であるスンニ派教徒が、イラクではシーア派主導政権に抑圧され、シリアではアサド政権や米国主導の有志連合に攻撃されている受難に対して、「救援」に行くという流れである。

 このような「イスラム教徒同胞の救援」は、シリア内戦が初めてではない。1979年から旧ソ連に侵攻されたアフガニスタンには、アラブ諸国からムジャヒディン(イスラム戦士)が参戦した。1990年代前半のボスニア内戦では、セルビア人勢力の攻撃を受けたイスラム教徒への救援が行われた。さらに、2003年のイラク戦争で米軍に占領されたスンニ派民衆に対する救援などが、これまで繰り返されてきた。ISの場合は、指導者が「カリフ」を名乗り、「カリフ国」を宣言したため、アラブ世界や欧米からISに参加する約3万人は「過激なジハード思想に傾倒している者」と理解されがちだが、現実には、伝統的な「救援」意識によってISに参加する動きもあるということである。

 そのように考えると、欧州でテロを起こすイスラム教徒も、イラクとシリアの「カリフ国」に思想的に共感し、ISが掃討作戦を受けていることに危機感を募らせる「支持者」とばかりは言えないのではないか、と思えてくる。

イスラム教徒の機微に触れる、ISのプロパガンダ

 ISによる欧米でのテロの呼びかけとは、2014年9月、IS報道官のアドナニによって行われた声明のことである。アドナニは欧米のイスラム教徒に対して「有志連合に属する国々の国民を、民間人であれ、軍人であれ、殺害せよ」と声明を出し、その中で「爆発物も銃弾もなければ、ナイフで刺せ、車でひき殺せ」と呼びかけた。

 車でひき殺すテロは、今年に入ってからロンドンで2回あり、ストックホルムでもあった。ISがらみのテロの常套手段になった感がある。その最悪のケースは、2016年7月、フランス南部のリゾート都市ニースで、トラックが花火見物の群衆に突っ込んで2キロ暴走し、84人の市民を殺害したテロ事件だが、これらのテロはアドナニの声明に由来するものである。

 このアドナニの声明には続きがある。「信仰者たちよ。十字軍(=有志連合)は3日前にシリアからイラクに運行するバスを空爆して、9人のイスラム教徒の女性を殺害した。あなたたちはイスラム教徒の女性たちや子どもたちが昼夜なく続く十字軍の爆撃機の轟音を恐れて震えている時に……あなたたちはあなたたちの兄弟を助けることなく……彼らによる数多くの空爆に対して何かしようとすることもなく、あなたたちが人生を楽しみ、安眠を得ることができるというのだろうか?」

 アドナニの声明は、有志連合がISへの空爆を始めた後、それに対抗して呼びかけたものであるが、「IS支持者」に向けて、「カリフ国」を守るために欧米の市民を殺せと言っているわけではない。「欧米の空爆による市民の犠牲という非道を許していいのか」というレトリックで、欧米にいる全イスラム教徒の正義感に訴えるのである。

 私はアドナニの主張に正統性があるとは思わないし、それによって欧米にいる多くのイスラム教徒が影響され、自分が住んでいる国で罪もない人々の生活を破壊するような短絡的な暴力に走るとも思わない。しかし、欧米が参加する有志連合の空爆によってイスラム教徒の女性や子どもが命を落としている事実を突きつけられる時、アドナニの言葉は、政治的なプロパガンダを超えて、一部のイスラム教徒の心に訴えることになる。

 私は長年中東で取材する中で、自分の日常をなげうって、破壊的なジハードに身を投じた若者を何人か取材したことがある。そのうちの一人は、イラクで米軍と戦うため、サウジアラビアの首都リヤドからシリアのイラク国境まで行った若者である。「なぜ、イラクで戦おうと思ったのか?」と問うと、「米軍がイラクのファルージャのモスクに入って、イラク人を殺す場面をアルジャジーラテレビで見てショックを受け、3日間、眠れなくなったためだ」と答えた。

 そんなに単純なものなのか、と考えるかもしれない。だが、異教徒による非道な暴力を突き付けられて「眠れなくなる」ような、ナイーブともいえるイスラム教徒の若者たちがいることも否定できない事実なのだ。

「イスラム教徒の女性や子どもたちが震えている時に、あなたたちは安眠を得ることができるのか」というアドナニの言葉が出た時、リヤドの若者のことを思い出した。同時に、イスラム教徒の若者の心の機微に触れるアドナニのプロパガンダの巧みさを知った。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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