中東から世界を見る視点 第3回

欧州でのテロ続発と、IS掃討作戦の激化

川上泰徳

ロンドン橋のテロは、ラマダン開始直後に起こった

 英国でまたテロが起こった。ロンドン中心部のロンドン橋で6月3日夜、バンが暴走して数人の歩行者をはね、橋の近くの食材市場でバンを乗り捨てた実行犯3人が、人々をナイフで次々と刺した。3人は駆け付けた警官に射殺された。このテロで市民7人が死亡し、約50人が病院に搬送された。

ロンドン橋のテロ後、警戒にあたる警官たち(Splash/アフロ)

 実行犯は身体に自爆ベルトを着けていたが、偽物だったという。丸1日遅れの4日夜、過激派組織「イスラム国」(IS)系のアアマク通信が「ISの戦闘グループがロンドンでの襲撃を行った」とする、ごく短い“犯行声明”を出した。実行犯が3人であることからも、小さな組織による犯行であることは間違いないが、アアマク通信がいうような、ISとつながる戦闘グループとは思えない。

 実行犯たちが組織的にISとつながっていたのならば、犯行声明が1日遅れることはなかっただろうし、中身が何もない声明が出ることもなかっただろう。英国捜査当局は、アアマク通信声明が出た時点では、射殺した3人の実行犯の身元も公表せず、厳重な情報管理を行っていた。ISには、実行犯グループについて独自の情報も接触もないと考えるしかない。

 英国放送協会(BBC)の治安担当記者は、アアマク通信の声明が出る前から「ISに影響されたジハード(聖戦)主義者のテロ」という見方を示した。その根拠は、5月27日にイスラムのラマダン(断食月)が始まり、インターネットのIS系サイトで支持者に対して「欧米の民間人をトラック、ナイフ、または銃で殺害せよ」というメッセージが流れていたことだという。

 ラマダンの間、イスラム教徒は宗教的な義務として、日の出から日没まで飲食を断つ。この時期はイスラム教徒の宗教意識が高揚し、イスラムの敵と戦うジハード意識も強まるとされる。2016年6月のラマダンには、日本人7人が犠牲になったバングラディシュ・ダッカでの襲撃事件や、トルコのイスタンブール国際空港での自爆テロなどが起こった。

 私が集英社新書で『「イスラム国」はテロの元凶ではない』を執筆する契機となったのは、2016年のラマダン期間中に起こった、「ISによる」とされた一連のテロ事件だった。それから1年たち、イラクとシリアにまたがるISをめぐる情勢は大きく変わった。2016年10月にイラク側のISの都モスルに対する有志連合(イラク軍と米国が率いる)の掃討作戦が始まり、モスルは陥落寸前の状況であるとされる。一方、シリア側のISの都ラッカでも、同年11月から、有志連合がクルド人勢力主体の「シリア民主軍(SDF)」を空爆で支援して、掃討作戦を激化させている。

 今回のロンドンテロについて、BBCは「中東においてISの『カリフ国』が急速に縮小し、度重なる退潮の中で、ISが支持者に向けて最後の絶望的な呼びかけをしている」という見解を報じた。今回のテロが「イラクとシリアでISが追いつめられている中での、IS支持者による犯行」だという見方は、日本や欧米のメディアでも流れている。

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中東から世界を見る視点

中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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