先駆的だった日米折衷デザイン
子供の私に強く印象に残ったものが、他に二つあります。一つはリンダ邸のすぐ隣にあった茅葺き民家です。私が初めて茅葺き屋根を意識したのは、この家を見た時だったと思います。それから約十年後に、四国の祖(い)谷(や)(徳島県)で築約三百年の茅葺き古民家(現「篪(ち)庵(いおり)」)を手に入れることになるのですが、それは三浦で見た茅葺き民家が影響していたと思います。
ホーラス・ブリストルは建物の設計士でもありました。彼が手がけた別荘は、日本の雰囲気を持つ木造建築でありながら、西洋の様式も反映して、実に優れたデザインでした。リンダ邸のリビングは日本的な梁や柱、木戸、障子がありましたが、アメリカで六〇年代に流行った「ランチハウス」の様式も活用していました。「サンクンリビング」と言われるもので、リビング中央部の床を一段下げて、その周りをソファで囲むスタイルです。そのリビングの奥には暖炉が設けられていました。
別の家では、天井の高い吹き抜けの中心に暖炉を設えて、その周りに客人たちが座れるようになっていました。その時から約四十年も経った二〇〇〇年代から、私も日本各地の古民家再生で家屋のデザインを考えることになりましたが、結局、三崎ハウスのあのスタイルを思い出し、日本とアメリカの折衷様式を好んで用いています。ちなみに祖谷だけでなく、長崎県小値賀(おぢか)や長野県茅野で再生した古民家にも、私はサンクンリビングを取り入れました。
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。
プロフィール
アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。