【短期連載】燃えるノートルダム 貴婦人の二つの顔 第2回

2. フランスに、ヨーロッパに走った亀裂

須藤輝彦

「我々」とは誰か

 以上のことはすべて歴史的な事実である。だが、ここに書いたような事柄が一般的なフランス人たちのうちにどれほど共有されているか、わたしは知らない。火災が起きてすぐ、現フランス大統領エマニュエル・マクロンは「ノートルダム・ド・パリは我々の歴史、我々の文学、我々の想像力」であり「我々の生活の震央だ」と語った。しかし彼の言う「我々」──ノートルダムの象徴性を文字通り「我がこと」として受けとる素地のある人間──とは誰のことで、一体どこに、どのくらいいるのだろう?

 もちろんこれは、一介の外国人研究者に過ぎないわたしの「想像力」の限界からくる心ない問いかもしれない。文学を研究しにパリに来てはいるものの、前回述べたように、わたしの専門は中東欧文学なので現代フランス社会に特別な学問的関心があるわけではないし、実際さほど詳しくもない。所属する研究科はそもそもフランス人にとっての外国文化を学ぶところで、基本的にフランス人にとっての外国人はおらず、黒人すらほとんど見かけない。パリに学ぶ研究者としてはかなり例外的な状況だ。国籍的にも学問的にもいささか「浮いて」いるわたしは、フランスという国に向きあうに際して二重に「よそ者」であるような、微妙な立場にいる。だからこのような記事を書く資格など、そもそもないと言われればその通りである。

 だがしかし、「よそ者」にしか見えない風景もある。セーヌ河岸でビール瓶片手に、物見遊山で燃える大聖堂を眺めていた雑多な人々とともに、わたしはノートルダム火災のもっとも観光的かつ皮相的、その意味ではもっとも「グローバル」な側面に触れていたのかもしれない。

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【短期連載】燃えるノートルダム 貴婦人の二つの顔

フランスの、ヨーロッパの歴史を象徴するノートルダム大聖堂を襲った火災。またたく間に世界中へ伝わった痛ましい悲劇の報せが、思わぬ波紋を呼んでいる。「エリート」と「庶民」、そこには、パリのみならず世界が抱える深い断絶が浮かび上がっていた……。パリに学ぶ若き中欧文学研究者が捉えた「ノートルダムが燃えた日」とは。

プロフィール

須藤輝彦

1988年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。ミラン・クンデラを中心に、チェコと中東欧の文学を研究中。論文「亡命期のクンデラと世界文学」(『れにくさ』第8号、2018年)、「偶然性と運命」(『スラブ学論集』第20号、2017年)、エッセー風短篇「中二階の風景」(『シンフォニカ』第2号、2016年)、留学記「中空プラハ」(http://midair-prague.blogspot.com)など。

 
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2. フランスに、ヨーロッパに走った亀裂