【短期連載】燃えるノートルダム 貴婦人の二つの顔 第2回

2. フランスに、ヨーロッパに走った亀裂

須藤輝彦

「知」と「金」の抜きがたい結びつき

 ともかくも、事実としてパリは世界一の観光地である。そのなかでノートルダムは年間1200万人の観光客を惹きつける比類なき観光スポットだ。単純計算でも、一日平均3万2千人が観光目当てで大聖堂を訪れていることになる。年間来訪者数およそ500万人とされる京都は清水寺の2倍以上。これは途方もない数である。

 ノートルダムを訪れる人のなかには、もともとわたしなんかよりフランスの文化や歴史に詳しい人もいるだろう。しかし大多数はそうではないはずだ。清水寺(もちろん金閣寺でも良いが)から火がでたと仮定して、それを見に集まる人の「属性」を想像してみてほしい。間違いなく、多くの観光客がやって来るだろう。当地の文化や歴史についての知識はそれほどないけれど、なんとなく興味を引かれ、フラッと来てみたというような人──つまり潜在的にスペクタクルを求めている人間──が、現代の観光客の大半だ。そして重要なのは、現地で暮らす人間がその歴史や文化について、観光客たちと比べて必ずしも「物知り」なわけではないということである。

 このようなあり方はノートルダムだけでなく、パリという街についてはもちろん、もしかしたらフランスという国全体、さらには「ヨーロッパ」という空間そのものにも言える。文化(知)と観光産業(金)が決定的な切断をともないながらも抜きがたく結びついているということを、これほどまでに強く認識させられる場所はない。

 そしてこのような捻れは、大聖堂の屋根に火がついてすぐ、目に見えるかたちで現れた。これまで国民的統合のシンボルであり続けてきたノートルダム「なのに」というべきか、いや世界一の観光地ノートルダム「だから」というべきか、ちょうどセーヌ川がシテ島をはさんで二つに分かれるように、この火災を分水嶺にして、その余波は二つに割れた。波紋を呼んだのは、フランスの富裕層によるノートルダムへの巨額寄付である。

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【短期連載】燃えるノートルダム 貴婦人の二つの顔

フランスの、ヨーロッパの歴史を象徴するノートルダム大聖堂を襲った火災。またたく間に世界中へ伝わった痛ましい悲劇の報せが、思わぬ波紋を呼んでいる。「エリート」と「庶民」、そこには、パリのみならず世界が抱える深い断絶が浮かび上がっていた……。パリに学ぶ若き中欧文学研究者が捉えた「ノートルダムが燃えた日」とは。

プロフィール

須藤輝彦

1988年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。ミラン・クンデラを中心に、チェコと中東欧の文学を研究中。論文「亡命期のクンデラと世界文学」(『れにくさ』第8号、2018年)、「偶然性と運命」(『スラブ学論集』第20号、2017年)、エッセー風短篇「中二階の風景」(『シンフォニカ』第2号、2016年)、留学記「中空プラハ」(http://midair-prague.blogspot.com)など。

 
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