ジャズを自由に聴くコツはスケールを覚えること
僕がニュースクール大学に入った最初の日。オリエンテーションでまずレベルチェックされたのは、実技でピアノをどれだけ弾けるかという事と、耳でどれだけ音が聴きとれているかという事でした。
実技は基本のジャズのフォームに乗せて弾いてみて何回かその進行を繰り返し、どれだけジャズ言語を持っているかを、そのアドリブフレーズで判断されるのです。
聞き取りはガラッと変わってペーパー試験、音と音のインターバル(隔たり)を答えます。先生がピアノで無造作に「ドシ(下から上へ、超7度)」とか弾く。すると紙に「真ん中あたりのレジスター(音域)のドから上のシへ、アセンデイング(上昇)超7度」と記すのが正解の答えになります。聞き取りにはコードも含みます。例えばG7のコードを先生が弾く。基本のG7は音の積み方としてルートから上へ”ソシレファ”です。ところが先生が弾くのはルートを変えていて、“シレファソ”だったり“レファソシ”だったり”ファソシレ”だったりするわけです。
つまりどういうことかというと、”音の積み方の順番が違う”のです。コードの響きは同じなのにルートになっている音が違うだけでイメージも違ってきます。これをコードのインバージョンと言います。Invert( 反転させる)の名詞形Inversion(反転、逆転、倒置)です。
オリエンテーションで問われたのは、他に「スケール」がありました。ジャズにはさまざまなスケールがあります。ポップスやクラシックで最もよく使われる一番我々が聴き慣れているものに「ダイアトニックスケール」があります。
皆さんももしかしたらご存知かもしれませんが、いわゆるルートから1-2-3-4-5-6-7-1、つまりドレミファソラシド(C D E F G A B C)と駆け上がるあれです。これがアセンデイング(上昇)。ちなみにデイセンデイング(下降)だとトップ(上)から1-7-6-5-4-3-2-1、つまりドシラソファミレド(C B A G F E D C) になります。このスケールの流れのバックで響くコードはC△(読み方:シー、メジャーセブン)です(C△=ドミソシ)。
このダイアトニックスケールやコードだけで、実はジャズは充分に美しいのですが、これ以外にアドリブの幅を広げる意味で非常によく使われるのが、「ジャズブルーススケール(ブルーノートスケール)」です。これはルートから1-♭3-4-♭5-5-♭7-1、つまりド♭ミファ♭ソソ♭シド(C E♭ F G♭ G B♭ C)となります。これがアセンデイング(上昇)。ちなみにデイセンデイング(下降)も記しておきますと、1-♭7-5-♭5-4-♭3-1、つまりド♭シソ♭ソファ♭ミド( C-B♭-G-G♭-F-E♭-C)。上昇も下降も左手のコードはC7(読み方:シー、ドミナントセブン)がしっくりきます(C7=ドミソ♭シ)。
鍵盤楽器がそばにある方は右手でスケールを弾きながら左手でコードを弾き、その感覚を掴んでみてください。一気にジャズっぽい世界が広がるはずです。
もう一つだけおまけに書くと、非常によく使うスケールにペンタトニックスケールがあります。アセンデイング(上昇)が1-2-3-5-6-1、つまりドレミソラド(C D E G A C)になります。デイセンデイング(下降)は、1-6-5-3-2-1、つまりドラソミレド(C A G E D C)。コードの響き的にはC(ドミソド=C E G C )ですね。
ペンタトニックには合わせてマイナーペンタートニックスケールというのがあります。アセンデイング(上昇)が、1-♭3-4-5-♭7-1、つまりド♭ミファソ♭シド(C ♭E F G ♭B C)となります。デイセンデイング(下降)は、1-♭7-5-4-♭3-1(C ♭B G F ♭E C)。ブルーズフォーム(形式)の曲中でこの音だけで右手のアドリブをやると「すごい洗練されている。ジャズだ!」と聴こえるはずです。
オリエンテーションでこのテスト内容が出たので、もちろん僕は全くできませんでしたけど、最初の日に出るくらい基本中の基本なので、これらを頭と指に叩き込んでおけばジャズフィールへカモーン!と弾けちゃいます。こうして「ここだ!」というポイントを最小限掴むのが、ジャズを楽しく聴くヒントです。
ブルーススケールはいわゆる「あ、これこれ、ジャズだねえ」というスタンダードな響きを醸し出しますが、モダンなチック‧コリアみたいな音使いをしたいとか、キース‧ジャレットの独創的な世界観をやってみたいとかいう場合、ペンタトニックスケールがピッタリきます。音がドレミソラドとある意味「歯抜け状態」に制限されるので、その分の”緊張感”が半端なく増し、ソリッドな印象のアドリブができます。
ちなみにジャズブルーススケール(ブルーノートスケール)は、僕の先生ジュニア‧マンスが得意とするもので、彼はこのスケールの魔術師です。なぜ魔術師かというと普通多用すると単調になるところが、ジュニアはそうならないところ。似て非なるジャズコミュニケーション能力なんでしょうね。
ジャズを聴く楽しみ、演奏する楽しみは、アドリブに共感してその世界に入っていくことだと思います。正直に言うと僕は自由自在に即興するときはリラックスできるのですが、ジャズ理論にのっとったアドリブの正解ばかりを演奏するとなると、頭を使って疲れます。ルールや公式を守ってこそ初めて自由が活きるのがジャズだからです。
学校に入学した当時は「ジャズって理数系だったのか? 超文化系の僕がとんでもないところへ来ちゃったものだ」と途方に暮れたものです。でもシンプルな数学的法則を守ることによって文系の「自由演技」がよりのりしろで炙り出され、映えてくるんですね。
ジャズを聴くときに最低限知っておきたい知識などを解説するつもりがちょっと書きすぎましたか? 読み飛ばしつつ、また戻って楽しく読んでもらえるとありがたいです。
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。