「鈴木」「田中」は3ビート、「松平」「松任谷」は5ビート
基礎の2年は必修科目に「リズム」があります。ものすごく不遜なのですが僕は密かに自信がありました。しかし授業に臨んで、木っ端微塵に打ち砕かれました。変拍子や奇数連符のフレーズなどが出てくると譜面を見るだけでポカンです。どこが拍の頭かわけがわからなくなるので、インドの音楽にあるリズムの取り方でこれを掴んでいく練習をしました。
インドの音楽って楽譜がないところがジャズに似ています。1ビート=タ、2ビート=タカ、3ビート=タキタ、4ビート=タカデイミ、5ビート=タデイギナト、6ビート=タキタタキタ、7ビート=タカデイミタキタ、8ビート=タカデイミタカジョノ。
打った音をこういうふうに口で発声するとイメージとしてビートを掴みやすくなるのです。もう気がついた方はいらっしゃるかもしれません。7ビート=タカデイミタキタは、4ビート=タカデイミと3ビート=タキタを組み合わせたものなんです。
この授業を受けると、友人の「鈴木」「田中」は3ビートに聴こえるし、「松平」「松任谷」は5ビートになるんです。これやり始めるとハマっちゃってもう何から何までがビートで歌おう! になっちゃいます。
座学のイメージがある「ジャズセオリー(ジャズ理論)」もテキストがないです。左手のバッキングでA フォーム、Bフォームと、みんながやたら喋ってるのでなんだろうと質問したら「知らないの? きのうメモでもらったよ」と言われ、あわてて先生に聞きに行ったことがあります。あぶないあぶない。僕が欠席した回に教えられた暗号だったんですね。
それはジャズの基本的なケイデンスの進行、2、5、1に関する覚書で、何をルートの音に持ってくるかで、この2、5、1のボイシング(コードの積み方)が変わるわけです。できるだけ自然にジャズらしくジュワッと変えていきたいので、咀嚼したり音をステイさせたりして、洗練された流れにするわけです。
ジャズの歴史やワールドミュージックの歴史、20世紀のクラシック音楽の歴史などの分厚いテキストをレファレンスとしてリストを与えられますが、ほとんどの生徒たちは買いません。僕のようになんでも買って安心するタイプの人のところへ来て、みんな必要なページだけをコピーするのです。
僕はいろんな音楽の歴史やエピソードを学べるクラスは新鮮で楽しくて、分厚い英語の本は英語の練習にもなり、やりがいがありました。英語の力がつくとジャズの力も増していくので不思議でした。英語は3連音符のリズムをつけて抑揚で喋るような感じがあって、これに馴染んでくると、ジャズの曲も聴き取りやすくなるのです。
この他、基礎の2年を終えるとソフォモアジュリー(2年目の陪審委員会)があり、覚えて身につけてきたものをテストされるのです。その年その年に無作為に選ばれたファカルティ(教授陣)。受験する生徒が会場のドアを開けてみて、初めて「あ、ビリー‧ハーパー(トランペッター)が陪審員にいる」と気がつくわけです。
試験場所にはプロのジャズミュージシャンが何人か待機していて、受験者はまずお題を渡されます。タイプの違うジャズスタンダードを3曲。その曲をどうアレンジするか。例えば自分がピアニストであれば、プロのベースとドラムにどうやって伝えて、どう演奏するか。バンドリーダーとしてのアティチュードをジュリー(陪審員たち)に審査されるんです。
こうした試験に無事に合格して、3年生になるとマイルス‧デイヴィスアンサンブルやジュニア‧マンスのジャズブルーズアンサンブル、チャールズ‧トレヴァー(トランペッター)のビッグバンドアンサンブルなど、クラスオーディションを受ける権利を得ます。ピアニストは毎年ロシアやキューバなど世界中から猛者たちが集まるので、受講したいアンサンブルに受かるのは大変でした。
ビッグバンドアンサンブルだと長い巻き物のような譜面がピアノの前に配られると、与えられた1分間で全体を把握するために、候補者の生徒(5−7人くらい)が殺到します。中には体で隠して相手に読ませないようにする画策者がいたり、演奏が始まるとわざと違うリズムで手拍子する生徒もいたりします。そういう邪魔に動じない者が、クラス受講の権利を勝ち取っていくのです。
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。