大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 Vol.4

NYはジャズの学びの地

大江千里

僕が毎日やっている基礎練

では僕が毎日やっている基礎練のお話をしましょう。僕はニューヨークで活躍するジャズの心の師、百々徹さん(ピアニスト)からレッスンを受けていました。彼に曲を弾く時の両手を一音一句まで細かく譜面に書き落としてもらい、それを僕が完全コピーして12のキーで演奏するという内容です。

これは人生の中で最も緊張した瞬間です。譜面に書けないのがジャズであるとアーロンやジュニアから学んだのに、百々さんの授業では完全に音符にして譜面を追いかける。この相反しているようでいて、実はこの反面教師的な授業が僕を大きく変えました。百々さんの、音を限りなく音符で再現する力は、ものすごいものがあります。今もボロボロになった譜面を宝物のように大事にとってあります。

キーというのは黒鍵と白鍵、「山と谷」の始まりと終わりがそれぞれのキーによって全然違う「一枚の絵」に見えるんです。だからキーがCの場合とFの場合じゃ同じ内容を演奏しても見える景色、聴こえる音が全然違う。同じキーでも例えば♭Gと表記するのと#Fと表記するとでは景色が違うのだからこれまた不思議です。

それを掴むために僕はジャズの大好きな曲を1曲決めて、全部のキーで弾き込む練習をします。キーがCだとなだらかな平野の景色が見えるのですが、Fになると途中で起伏があります。ダイアトニックスケールで行くとF G A ♭B、この♭B辺りで一瞬尾根をまたぐんです。そしてすぐゆっくり白鍵の平野へ戻り、難なく上のドまで駆け上がっていけます。

これを実際のジャズスタンダード「ビリーズ‧バウンス」とか「セント‧トーマス」とか「枯葉」とかで掴んでいくのです。ゆっくり練習します。煮詰まるとクラシックで、バッハの「インベンション」とかをやります。頭のスイッチを切り替えるんですね。

それと必ずやるのは教本『ハノン』をゆっくりメトロノームで弾くこと。無理なフィンガリングのものは省き、極力指を痛めてしまわぬよう気を配りながら1冊丸々やります。本当は1日が240時間あれば、全部のキーで毎日やりたいところです。でも24時間ですから、ハノンにあるCのキーの練習曲を踏襲するやり方でやっています。

ピアノをやっている方は指と指の間が開いたり縮んだりする感覚がわかると思うのですが、普段の生活では使わない指の筋肉を刺激すると、音楽を聴く時の耳のキャッチ力が同じようにグンと増すから不思議です。

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プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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