大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 最終回

新世代の新しいジャズの潮流

大江千里

なぜジャズは復権したのか?

アメリカ人の若い子と話してて「特にジャズファンではないけれど“ライブ”のジャズが好きなんだ」という人が多いです。これはつまり「ヒップホップとジャズのミックスやニューエイジラッパーがやるジャズっぽい感覚」ってことなのではないのかなと思います。で、存在としての音楽が“ライブ”なんだと思います。

音楽の歌詞世界にロマンを感じる点も、ジャズ復活の大きな理由ではないのかなと思います。この連載の中で何度か言っている「悲しかったり切なかったりと楽しい感情が一気に両方くる感じ」とか。ジャズの歌詞で描かれる主人公たちの「恋するものたちほどピュアで美しい存在はこの世にいないと思わせてくれる感じ」とか。

おそらくポップスの世界にもそれはいっぱいあるのだろうけど、いつしかマーケット先行になった商業音楽の側面ばかりが強調されすぎて、アーティストが持つ魅力や佇まい、価値観や香りといった世界観が置き去りにされつつあるからかもしれません。僕が目撃したハーレムでのグラスパーは、どこかに情熱をぶつけようと必死にもがいているようにも見えました

その後、アメリカではBTSの台頭などにより訛りのある英語が認められてチャートを上昇するようになり、言語による音楽ジャンルの壁が壊れ始めました。

配信時代以降の、「単品買い」や「楽曲コンテンツ」といった考え方を「もう古い」と感じる層が、聞き手にも演奏する側にも生まれ始めたのではないのかななんて思うのです。愛の美しさ、純粋な表現が、ジャズには存在しています。芸術としての美しさをオーガニックに表現する人たちのジャンル跨ぎがこれからも増え続けると思います。

つまりこれは一周回って、商業的でコマーシャルな音楽ではなく、アルバムの芸術世界だったり、アーティスト志向だったりが、サブスク疲れによって復権しているということだと思います。

アメリカの公共ラジオ放送 NPRが制作する「tiny desk concert」を見るとその現状がわかりやすいと思います。

トム・ミッシュ、エズラ・コレクティブ、オスカー・ジェローム、サンダーキャット、シオ・クローカー、ロバート・グラスパーなど、たいしてガッチリ用意してないセットアップの楽器と普段着のままで彼らは演奏します。ジャズを普通にやっていて、彼らの大好きなロックやポップやヒップホップと混在する姿を見ると、安心するし親近感を持ちます。コモンというヒップホップアーティストはこの「tiny desk concert」で、なんとホワイトハウスまで行っちゃいました。

面白い現象があって、実はニュースクール時代にぐりぐりジャズのできる生徒ほどビースティ・ボーイズやア・トライブ・コールド・クエスト、そしてビートルズとマイケル・ジャクソンが好きという事実があります。

そんな生徒が「デューク・エリントンなんて単なるポップじゃないか」って普通に喋ってたりするんです。どういうことか。「メジャーなエリントンなんて本物のジャズじゃない」と否定しているわけです。それは学校の中で蔓延している権威主義に生徒が犯されてるからです。でも「マイケルとビースティ・ボーイズ」は死ぬほど好きなんです。古い体制と新しい耳との間で揺れ動くのを、僕も生徒の一人として実感しました。

ジャズは、今や最もフレッシュエアーを感じる音楽として、さまざまなジャンルを巻き込んでメインストリームの辺りを“気持ちいい風を吹かせながら行ったり来たり”しているのではないでしょうか? 柔らかくてオープンで時にファジーでピースフルで情熱的。そして恋人たちが世界の中心にいられる優しい音楽。希望のなくなりかけている現代社会の中、ノスタルジックでここだけは平和だと思える静かな世界を、人間には求める気持ちがあるのだと思います。

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 Vol.6

プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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